
量子コンピュータ領域における日本の立場と未来——量子テクノロジーは世界を変えるのか? 後編
量子コンピュータ領域における現在の日本の立場と今後の展望・未来
未来社会における量子技術によって創出される価値
——量子コンピュータはまだ黎明期とうかがいましたが、この分野で日本はどのような立ち位置にいるのでしょうか?
A氏:現在の量子コンピュータ研究は、米国と中国が大きく進んでいて、日本は何周も遅れている状況です。米国や中国の量子コンピュータ研究と比べると、日本はその5分の1程度しか予算が投じられていないとも推計されています。
ただし、量子コンピュータの実用化には5年から10年以上かかると予想されているので、現時点での遅れは致命的なものではありません。
B氏:日本は2022年4月に国家戦略として『量子未来社会ビジョン』という戦略を策定して、『量子コンピュータを始めとした量子テクノロジーは社会課題解決や経済安全といった観点で極めて重要である』と位置付けました。
そして、今後多様な産業分野でこの技術を活用するイメージを提示し、研究開発拠点の整備、スタートアップの創出、人材育成などの取り組みも強化しています。
さらに、2030年に目指すべき状況として『国内の量子技術の利用者を1,000万人に』、『量子技術による生産額を50兆円規模に』、『未来市場を切り開く量子ユニコーンベンチャー企業を創出』といった目標を掲げました。国家戦略として、この分野に力を入れると表明しているのです。
A氏:2023年3月には理化学研究所を中心としたグループが、初の国産量子コンピュータを稼働し始めました。
この国産量子コンピュータは64量子ビットです。量子ビットの数値は、大きければ大きいほど複雑な計算処理ができるものだと考えてください。64量子ビットの場合、2の64乗にあたる約1,845京種類の情報を同時に計算できるということになります。
ちなみに、米アイビーエム(IBM)は2025年までに4,000量子ビット、Googleは2029年までに100万量子ビットの量子コンピュータを開発予定であると発表しているので、日本としてもこの数値を目標としていくことになるでしょう。
B氏:もちろん、世界一の量子コンピュータを開発できれば素晴らしいことですが、この分野は多くの技術や部品が結集してできあがるものです。量子コンピュータを活用する技術や、ハードウェアに使われる部品の製造など、どれか1つだけでも世界が日本に依存するようなものを生み出せれば、大きな成果になります。
量子コンピュータに適切な計算処理をさせるアルゴリズムの開発や、ソフトウェア開発もまだ初期段階なので、可能な限り多くの資金を投じて優秀な人材を育成することも欠かせません。
A氏:量子コンピュータが本格的に使用されるまでには、まだまだ数多くのブレイクスルーがあります。つまり日本が重要なポジションを占める余地は十分にあるといえるでしょう。
B氏:量子コンピュータが実用化された場合、たとえば特定の産業のなかで量子コンピュータを採用している企業だけが一人勝ちのような状態になると予想されています。もちろん、いち早く実用化にこぎつけた国が、この技術を牽引する存在になるでしょう。
先に解説した通り、量子コンピュータが活用されるであろう分野は数多くありますし、今後あらたな活用方法も発掘されるはずです。今はまだ量子コンピュータなんて関係ない、と感じるような分野の企業も、この技術がどの程度実用化に向けて進んでいるのかは理解しておくに越したことはありません。
現時点で予想されている活用方法というのは、量子コンピュータがまだ完成したとはいえない現状において想定されているものに過ぎません。たとえばスマートフォンが存在していなかった頃に、スマートフォンが日常生活で不可欠になるとは誰も想像もできなかったはずです。
また、AI技術やブロックチェーンといった近年話題になっている技術と結合することで、想像もできないビジネスが生まれていくのも間違いありません。10年以上あとに間違いなく訪れる量子コンピュータ時代 の波に乗れるかどうか、それはこれから5年ほどで決まるでしょう。
多くの人が知っている通り、今や日本はコンピュータ分野で世界のトップとはいえない状況になってしまっています。直接的に量子コンピュータとか関わりがないという人も、日本がこの舞台で存在感を示せるように応援していただけると嬉しいですね。
〈関連記事はこちら〉
量子テクノロジーは世界を変えるのか?量子コンピュータの謎と未来 前編
量子コンピュータの処理の仕組み——量子テクノロジーは世界を変えるのか? 中編

◉A氏
40代既婚、男性。ハードウェア開発職を経て、国内大手IT企業の研究部門に勤務。量子コンピュータ及び量子テクノロジーの開発研究に従事している。最近買って良かったものはVRゴーグルの「Meta Quest 2」。休日はもっぱら自宅でVR ゴルフをプレイしていて、家族からひんしゅくを買っている。

◉B氏
20代男性。大学で量子力学を専攻し、現在はコンピュータ誌を中心に活動するIT専門記者として活動している。趣味は自作PCで、本業のかたわら自作PCサイトを運営している。最近買って良かったものは「Google Pixel 7a」。長年のApple信者だったが、費用対効果を考えてついに改宗した。