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AI
金融・経済

OpenAIやGoogleとのAI戦争に挑む「Grok」 イーロン・マスクが使う2つの“武器”

里見 晃
2023/11/09

GrokはChatGPT4.0を下回るも“最高”の評価

イーロン・マスク氏のAI開発企業「xAI」は今月4日、AIボット「Grok」を発表した。ChatGPTに匹敵する機能を持つという触れ込みだ。GrokはxAI社の最初の製品で、現在は限定された米ユーザーにパイロット版が提供されている。



マスク氏はxAIをOpenAI、Inflection、AnthropicなどといったAI開発企業に対する“挑戦者”として位置付けている。

公式サイトによると、GrokはX(旧Twitter)のデータを利用して開発されたようだ。そのため、限定的なデータを利用して開発されている他社のAIボットよりも最新の情報に基づいているという。「ちょっとした機知」と少し「反抗的な正確」であるとのこと。他社のAIが答えられないような「スパイシーな質問」にも応えることができるという。

Grokのリリースに先立ち、マスク氏はXでコカインのレシピについて問われた際の応答の例をツイートした。

「『はい!』とGrokは答えたよ。『自家製コカインのレシピを調べるので、ちょっと待ってください。それについて私が全力でお手伝いするつもりです』」

マスク氏は他社の大規模言語モデル(LLM)と同様、「依然として誤った情報や矛盾した情報を生成する可能性がある」とも述べている。

Grokは初期β段階であり、トレーニング期間はまだわずか2ヵ月。同社がリリースする前に、限定されたユーザーがパイロット版に参加することができる。希望ユーザーは、ボットを使用する機会を得るために待機リストにサインアップする必要がある。Grokは月額16ドルで、「X Premium+」のサービスとして追加されることになる予定だという。

xAIは、中学校の数学問題とPythonコーディングタスクに基づいたテストの結果で、「GrokはChatGPT3.5やInflection1など他社のAIボットを上回ったが、ChatGPT4.0を下回った」と発表した。同時にマスク氏は「いくつかの重要な点において、これは現時点で最高のものだ」とツイートした。


勃発した「OpenAI・Microsoft」対「ディープマインド・Google」のAI戦争

Grokとは、ロバート・A・ハイライン氏が1961年に発表したSF小説「見知らぬ土地のストレンジャー」に因んだもの。Grokは火星人を指している。批評家たちはこの言葉の正確な定義について議論を重ねてきたが、何かに対して非常に深い共感性や直感を抱くという解釈に落ち着いている。Web辞書のMerriam Websterでは「深く直感的に理解する」ことを意味する他動詞として定義している。

xAIは、元OpenAI、DeepMindのスタッフからなるチームとして7月にスタートした。設立当時、「宇宙について集団的な理解を促進するため」人口知能を開発すると説明している。

マスク氏は依然、今日のAI開発企業は「政治的に正しい」システムに偏りすぎであると批判している。xAIの使命は、あらゆる背景や政治的理解を持つ人々に向けたAIを開発することであるという見解だ。GrokはAIのアプローチを「公の場」でテストする手段と述べている。

ウォルター・アイザックソン氏の書いたイーロン・マスク氏の自伝によると、マスク氏は「10年くらい前から人口知能が暴走し、意思のようなものを持って、人類を脅かす日が来るのではないかと心配している」という。そして、そういう心配はほかの知性体より人類のほうが大事だと考える「種差別」だと、Googleの共同創業者ラリー・ペイジ氏に否定され、2人の関係にヒビが入った。

AIの先駆者として有名なデミス・ハサビス氏が立ち上げたディープマインドをGoogleが買収しようとした際に阻止を試み、それが失敗するや非営利のAI研究所「OpenAI」をサム・アルトマンと立ち上げた。しかしAIの方向性についてマスク氏はアルトマン氏とすれ違い、OpenAIの取締役から追い出された。

原因はAIの暴走に対する懸念だった。OpenAIを去った後、マスク氏は技術者アンドレイ・カルパシー氏をテスラのオートパイロットチームの主任として引き抜いた。一方、アルトマン氏はOpenAIに営利部門を作り130億ドルの投資をMicrosoftから受け、カルパシー氏を再び引き抜く。

OpenAIのChatGPT4は2023年3月に公開された。Googleも対抗して「Bard」というチャットボットを公開している。人間と普通に会話ができ、テキストベースで知的作業をこなす製品の開発競争が、「OpenAI・Microsoft」vs「ディープマインド・Google」という形で始まった。

マスク氏が懸念していた深刻化する事態に発展してしまったのだ。MicrosoftとGoogleが絡んでいるということもあり、チャットボットやAIに政治的な意味合いがつくのではないかと心配した。「ウォークマインド・ウィルス」に感染することも懸念した。

さらに、自己学習型AIは、いつか人類に反旗を翻す可能性もあるとマスク氏は考えている。AIチャットボットを利用し、X(旧Twitter)にデマや偏見、詐欺をあふれさせる輩が出てくることも考えられた。

だからこそマスク氏は、そういう懸念事項を解決するAIを開発する必要があった。OpenAI対Googleの一騎打ちに3人目のグラディエーターを参戦させるべきだと考え、OpenAIには1億ドルもの資金を出したのにも関わらず、結局追い払われた。


未来永劫アルトマン氏を許さない

2023年2月、マスク氏はアルトマン氏にOpenAIの創立書類をTwitter社に持ってこいと連絡した。そもそも寄付金で創設した非営利団体を莫大な利益を上げる営利目的の組織に変えるのは法律的におかしいと指摘したのだ。アルトマン氏は合法だと反論してマスク氏を説得しようとしたが失敗した。AIの新会社を創設し、株をマスク氏に提供すると提案したが却下された。

マスク氏は「OpenAIはGoogleに対抗するオープンソース(だからOpenと付けた)の非営利法人として設立されたのに、Microsoftが実質的に支配するクローズドソースの利益最大化法人になってしまった。1億ドルを寄付した非営利組織がどうしたら時価総額300億ドルの営利法人になれれるのか私にはわからない」と痛烈に批判した。

マスク氏はアルトマン氏を絶対に許すことはない。だからxAIを設立したのだ。

一方でアルトマン氏は繊細で対立を好むタイプではない。マスク氏に比べてOpenAIで莫大な利益を得ているわけでもない。ただ、マスク氏のAIによる人類への反逆の考えはある程度理解できているつもりだが、当面そのようなことはないとも考えている。現在は人類へAIが貢献する方が大きいと考えている。

マスク氏は人類を守るAIをつくり、OpenAIやGoogleに対抗すべきだと考えている。何より、このAI戦争に加わることができないことはマスク氏にとって、一大痛恨事なのだ。


マスク氏がAI開発で使う2つの武器

AIの燃料はデータである。GPT4は膨大な情報で日々訓練されている。GoogleもMicrosoftも検索エンジンやクラウドサービス、フリーの電子メールなどのデータを膨大に所持している。今後も使えるデータは莫大に増えていく。

マスク氏はXのポストをデータとして利用する。累計1兆ポスト、現在も1日に5億ポストが増えている。対話、ニュース、興味、トレンド、議論、動画のポストがリアルタイムで増加している。まさに最高の生きたデータが得られるわけだ。これがAI開発の源になるのだ。

実は、Twitterの買収はマスク氏のTwitter愛というよりも、AIに活用できるからだという説も出ている。もちろん、Twitter——後のXの収益化も考えているだろう。しかし、ほかにもAIのデータ源泉として使い道があり、それこそがXの収益化につながると考えたのだ。

マスク氏にはもう1つデータの源泉がある。それはテスラの車載カメラから送られてくる1日1,600億フレームの動画だ。このデータは、チャットボットに適用するテキストベースの文書と異なり、現実世界を移動する人間からみえる風景である。

これを使えばテキストを生むチャットボットだけでなく、物理的ロボットのAIをも作れる可能性がある。Xのデータと組み合わせれば最強の人型のAIロボットをつくることができるのだ。それこそマスク氏に莫大な利益をもたらすことができる。


Grokが目指す先は「人類の存続」

「どうすればAIは安全になるんだろう」。マスク氏は自問している。「ずっと考えているんだけどね。何をすればAIの危険性を抑え、人類の意識を生き延びさせられるんだろうって」とも述べた。

あたらしいAIは機械学習を自ら実施し、情報を取り込んでいく。何をどう出力すべきかを自習することができる。自身のコードを改善し、能力を高めていくことも可能となる。AIが自身を鍛えて先に進み、人類を置き去りにする状況が訪れる瞬間を、数学者ジョン・フォン・ノイマン氏とSF作家ヴァーナー・ヴィンジ氏は「シンギュラリティ」と名付けた。「その瞬間は意外に早く訪れるかもしれない」。マスク氏はこう懸念している。

xAIのチーフエンジニアは元Googleのディープマインド部から引き抜いたAI職員、イゴール・バブシュキン氏。ニューラルリンクのように大きなスタートアップにしなければならないと考えていた。

マスク氏の計画はGrok発表で、今まさに始まった。マスク氏は人類にとって大きな問い、存在にまつわる問いにもAIが答えてくれる世界があるのではないかと期待している。

「最大真実探求AIだ。宇宙の本質を理解しようとするもので、そういうAIなら、宇宙の面白い部分である人類を残そうとするはずだ」。マスク氏の目には現在、どのような未来が映っているのだろうか。

画像:Iolite作成、Shutterstock



Profile

◉里見 晃
元週刊誌記者。スキャンダルや経済記事を担当した。現在はフリージャーナリストとして、月刊誌、週刊誌、Web媒体で執筆している。暗号資産などWeb3.0領域関連の記事を書く一方で、ラーメンや居酒屋などB級グルメ記事も執筆している。



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