
迫る待望の瞬間 ビットコインの現物ETF承認が与える内外への衝撃
近くビットコイン現物ETFの承認
暗号資産業界にとって待望の瞬間が訪れようとしている。
多くの市場参加者が固唾を飲んで見守ってきたビットコイン現物ETFの承認に向けカウントダウンが始まった。ビットコイン先物ETFの登場から早2年。承認を拒み続けてきたSEC(米証券取引委員会)が、ついに内外の圧力に屈する。
本稿では改めてビットコインの現物ETFと先物ETFの違いや、SECが承認を却下し続けてきた理由及び風向きが変わった背景、そして今後のスケジュール及び承認の意義等について網羅的に触れていく。
「ビットコイン現物ETF」と「ビットコイン先物ETF」の違い
これまでの背景などに触れる前に、そもそもの大前提として「ビットコイン現物ETF」と「ビットコイン先物ETF」の違いから説明をしたい。
ビットコイン先物ETF
ビットコイン先物ETFは、「ビットコインの先物取引に投資を行うETF」を指す。そもそも先物取引とは、事前に定められた期日に特定の金融商品を、取引の時点で「決められた価格」にて売買することを約束するものだ。ここでいう特定の金融商品はビットコインETFの場合、ビットコインに置き換わる。
ビットコイン現物ETF
ビットコイン現物ETFは、直接ビットコインに投資を行うETFとなる。そのため、ウォレットや暗号資産取引所で口座を開設する必要なく、直接的にビットコインのエクスポージャーを持つことが可能となる。
双方が持つ投資リスク
ビットコイン先物ETFとビットコイン現物ETFでは投資リスクの面でも違いが生じる。
ビットコイン先物ETFは先物取引であるため市場のビットコイン価格と乖離する可能性があるなど、一定の価格変動リスクを伴う。近頃はレバレッジ型のビットコイン先物ETFも登場しており、一長一短の金融商品となりつつある。
しかし、ビットコインの現物を保有するわけではないため、ハッキングや不正流出によって損失を被る可能性はない。そのため、セキュリティ面を気にすることなく間接的にビットコインを取引できる点はメリットだろう。
一方のビットコイン現物ETFは、現物のビットコインに投資を行うことになるため市場価格に連動する。またETFにすることで株などの金融商品と同じようにビットコインの売買を間接的に行えるようになるが、先物ETFと比べてより従来の暗号資産現物取引に近くなるため、価格変動リスクを比較的抑えることができる点もメリットだ。
だが最大のデメリットとなるのはやはりビットコインの保管方法とセキュリティ面となる。将来的には数兆ドル単位のビットコインを管理することになる可能性もあるが、万が一ハッキングや不正流出ですべてなくなってしまった場合には、目も当てられない悲劇となり得る。これまでSECがビットコイン現物ETFを却下し続けてきた最大の理由が、この保管方法やセキュリティ面への懸念だった。
壁となり続けてきたゲンスラーという人物
これまで——今もなお、大きな壁として立ちはだかるのが現SEC委員長のゲーリー・ゲンスラー氏だ。ゲンスラー氏は、2021年のバイデン政権誕生にあわせてSEC委員長に就任した。同氏はオバマ政権下でCFTC(商品先物取引委員会)の会長を務めていたほか、リーマン・ショックの対応にも深く関わっている。
▶︎SEC委員長ゲーリー・ゲンスラー氏(SECより引用)
大学で暗号資産やブロックチェーンに関する授業を受け持つなど“暗号資産に前向き”という触れ込みでSEC委員長に就任したゲンスラー氏について、米メディアは「金融領域のスペシャリストでありルールや管理体制を徹底させる規制当局者」と評している。
CFTCの出身者ということもあったのか、ゲンスラー氏はビットコイン先物ETFの時は歓迎ムードを漂わせていた。しかし、それが現物ETFになった途端、別人のように強烈なバッシングを始めたのだ。
かつて大手暗号資産取引所バイナンスに自らを幹部にするよう売り込みまで行っていたゲンスラー氏。きっと彼自身にもどこか暗号資産に対する幻想のようなものがあったのだろうと推察する。
しかし、昨年のFTXの破綻を受け現実に呼び戻された。その証拠に、今年に入ってから暗号資産関連企業に対する締め付けは必要以上に強化された。ついには、暗号資産について「もう米国では必要ないもの」とまで言い放つ始末だ。
「ゲンスラー包囲網」を完成させた複数の要因
このような状況でセキュリティ等のリスクを抱えた金融商品をゲンスラー氏が承認するわけがない。では、なぜ風向きがここ数ヵ月で大きく変わったのか。背景には立て続けに負けた訴訟がある。
まず今年7月、2020年末よりリップル社との間で係争してきた暗号資産XRPの有価証券問題を巡る裁判。判決では、機関投資家に販売された場合は「無登録の証券販売」、一方の暗号資産取引所等で売買を行う一般投資家に販売される場合は「有価証券には該当しない」とされた。
一見、両者の痛み分けのようにもみえるが、完全勝利を豪語してきたSECからすれば実質的な敗北を意味する結果だ。事実、業界内外ではリップル社の勝利という印象の方が根強い。
また、SECは先日、リップル社のブラッド・ガーリングハウスCEOやクリス・ラーセン創業者兼会長に対する提訴を取り下げた。かねてより専門家からも「SECの勝利は見込めない」といわれてきただけに、追求を断念せざるを得なくなった可能性がある。
そして決定打となったのは、暗号資産運用大手のグレースケール社が提供するビットコイン投資信託「GBTC」の現物ETF転換を巡る裁判で敗訴したことだ。裁判所は8月、「申請却下はSECの気まぐれであり恣意的だ」とし、もう1度グレースケールの申請を速やかに審査するよう命じた。
これがきっかけとなり、ビットコイン現物ETF承認の機運が高まった。実際には8月の時点でリスト登録されていたブラックロックのビットコイン現物ETFが、近日承認されるかもしれないと湧き立ったのもこの裁判の結果が背景にはあるだろう。
また、これらの判決が下されるにあたり、ゲンスラー氏に対する風当たりの強さが日に日に増していったことも忘れてはならない。
6月、ゲンスラー氏の解任を訴え共和党議員らが法案を提出した。ある共和党議員はゲンスラー氏を「米国の資本市場にはあわない横暴な議長」と強烈にこき下ろしている。民主党政権で選出したにも関わらず、一部の民主党議員からも不満が噴出するなど、ゲンスラー氏は政界からも信用を失いつつある。
ビットコイン現物ETFを巡っては、SECコミッショナーで“クリプトママ”の愛称でも知られる暗号資産擁護派のへスター・ピアース氏にも「なぜ承認しないのか我々にもわからない」と突き放された。つまり、ゲンスラー氏を取り巻く環境は四面楚歌なのだ。
現在のゲンスラー氏は、司法、政治、そして味方からも冷ややかな視線を送られるなど“包囲網”が敷かれた状態だ。突如として暗号資産に対し力任せな掌返を試みた結果、SECという強大な権威をも揺るがすこととなった。この状況はビットコイン現物ETFの承認を後押しする追い風になるとも考えられる。
もちろんSECが現在抱える審査のすべてにゲンスラー氏の意向が反映されるわけではないが、もしこの状況でビットコイン現物ETFの申請を却下すれば、これまでにない強烈なバッシングが待ち構えているだけでなく、より緻密かつ正確な説明が求められる。今のゲンスラー氏はまさに防戦一方。どんなに強い口調で言葉を発したとしても虎の威を借る狐でしかない。
今後の展開・スケジュール
今後の展開として、気になるのはビットコイン現物ETFが正式に承認される時期だろう。
現時点で申請されているビットコイン現物ETFは全部で12銘柄あるが、グレースケールの再審査を除きすべての審査期日が2024年1月以降に延長されている。下記は現時点のスケジュールだ。
▶︎ビットコインETFの審査スケジュール(Iolite作成)
まず海外報道や現在の情勢を踏まえると、期日に関係なくブラックロックのビットコイン現物ETFは変わらず承認の筆頭候補とみていいだろう。次点でSECの要望に応え再提出されたアーク&21シェアーズやヴァルキリーらのETFが有力とみる。
26日には、ブルームバーグのアナリストがハッシュデックスの申請について「過去にSECが行った議論にあわせてすべて調整された。彼らがこれを拒否できると私は思えない」と述べているが、これまでの傾向をみれば審査の第1期限を延長する可能性は十分に考えられる。
市場予測では、2023年内のビットコイン現物ETFの承認確率は75%とされている。2024年へ先延ばしになった際には、95%で承認するとまでいわれている。
現在の状況は、2021年10月にビットコイン先物ETFが初めて承認された時に少々似ている。当時も事前に海外メディア発信でビットコイン先物ETFの承認観測が出るなど、業界全体が浮き足立っていた。
ビットコイン現物ETFの承認が与える衝撃と意義
これまで却下し続けられたビットコイン現物ETFが、ついに承認に向けあと一歩というところまできた。これが意味するものとしては、暗号資産業界にとって飛躍の一歩と同義だと考える。
まずビットコイン、しいては暗号資産が伝統的な金融資産と肩を並べるというこの事実は、暗号資産業界の内外に大きな衝撃を与える。
誕生からわずか10年少々のデジタル資産が、株や金(ゴールド)と同じように取引できるというのはこれまでにない革新であり、暗号資産の歴史においても大きな意義を持つ。すでにビットコイン先物ETFの登場によりビットコインへの窓口は広がっていたが、大きなリスクも伴う現物ETFが登場するというのは、それだけ暗号資産の需要が生まれ、そして社会的な信頼を確保することができたことの証左だ。
そして衝撃は暗号資産市場にも直接的に伝わる。ビットコイン現物ETFが承認されるとなると、機関投資家の資金が直接暗号資産市場にも流れることから、流動性の向上、そして価格上昇にも大きな期待がかかる。
米暗号資産企業の投資企業ギャラクシー・デジタルは、ビットコイン現物ETFの取引が開始されることによりビットコイン価格は初年度に74%上昇すると試算している。巨額の機関投資家マネーが動くのであれば、十分現実的な数字だといえる。
私自身も、かつてビットコイン先物ETFが承認された時には大いに興奮したことを今でも覚えている。あの時の高揚感をもう1度味わいたいというのが本心だ。
刻一刻と迫るXデー。暗号資産業界があらたなフェーズへと足を踏み入れる瞬間は確実に近づいている。
画像:Shutterstock、SEC
◉Shogo Kurobe
2018年より暗号資産業界に参入。学生時代に文章を学び小説執筆などを行ってきた経験から暗号資産やブロックチェーンに関する記事執筆及び企画・編集に携わる。株式会社J-CAMで2022年4月より副編集長に就任し現職。2023年3月に「Iolite(アイオライト)」創刊。