2026年9月8日、27歳の研究者が会社を去った。Anthropicのジェイコブ・コクソン氏である。退社を選んだのは、保有するストックオプションの権利が確定する、わずか2ヵ月ほど前のことだった。
退職の直後、同氏はX上で自社と競合他社の双方を名指しし、いずれも責任ある行動をとっていないと告発した。自己改善を続ける超知能へ一直線に突き進み、人類の生命を賭けの対象にしている、と。投稿は24時間のうちに数千万回規模で閲覧され、業界の外にまで波紋を広げた。まもなく手にできたはずの莫大な利益を手放してまで、彼を突き動かしたものは何だったのか。
その4日後、Anthropic社CEOのダリオ・アモデイ氏が、自身のサイトにエッセイ「WeMust Pace the Frontier」を公開する。AIの能力向上のペースそのものを、業界全体で意図的に落とさなければならない、という主張だった。数時間のうちにOpenAIのサム・アルトマン氏がXで賛同を表明し、xAIのイーロン・マスク氏もこれに続いた。長く競い合ってきた3者が、同じ方向を向いた瞬間だった。
しかし、ここでいう「ペースの調整」は開発の停止を意味していない。安全対策と第三者による検証が技術に追いつくための時間を確保することだと、アモデイ氏自身が明言している。
つまり、AIが人間の仕事を担っていく流れそのものは、これで止まるわけではない。10年以内に私たちの働き方が決定的に変わることは、もはや前提として受け入れるほかないということだろう。
その時に問われるのは、「何ができるか」ではない。あの若き研究者が会社から去った動機と同じく、「なぜやるのか」だ。
AI領域で長らく活躍する面々のなかにも、効率や生産性を突き詰めた先で、人は何を支えに活動するのか。その問いにこたえるソリューションやサービスこそ、これから最も大きく発展していく、と語る者がいる。