世界的なウイルスパンデミック、常態化する異常気象、そして経済不況。数多くの要因が重なり、現在窮地に立たされている地方と観光業。Web3.0のトークンエコノミーやメタバースは現状をどう変えられるのか。
Web3.0における観光復興の可能性
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大以降、旅行・観光業界は大きな痛手を受けている。規制やその影響も徐々に少なくなってきているが、それでも以前と同じように回復するにはまだまだ時間がかかるだろう。そして、そのダメージは産業において観光業の占める割合の高い地方であるほど大きい。
そうしたなかで、大きな可能性があるものと考えられているのがWeb3.0の「NFT」と「メタバース」だ。
NFTにおいては、地方のご当地キャラや名産品、御朱印などその土地独自のコンテンツをNFT化し、収益を上げるモデルが注目されている。メタバースにおいては、観光地をメタバース上に構築することで距離や感染リスクなどを気にせずにインターネット上で人を集められるモデルが注目されている。
特にWeb3.0時代においては、NFTとメタバースが組み合わさることによって、従来よりもリアルな経済圏をバーチャル空間上に構築することもできる。それまで距離や時間の都合で足を運ぶことがなかった人からの収益、さらには多言語に対応すれば海外からのインバウンドも大きく見込める事になる。
幸いなことに、Web3.0の時代では翻訳や対話型のAIも驚くほどに進化している。
加えていえば、NFTのマーケットは基本的に希少性の高いものに価値が付く傾向がある。あまりメジャーではない地方や小規模な施設、無名な観光スポットなどにも十分なチャンスがあるということもできるだろう。
Web3.0の時代における「アート3.0」を体現し続ける場所「NFT鳴門美術館」
日本初のNFTアートに特化した美術館として設立され、現在幅広い分野から注目を集めているのが、徳島県鳴門市に存在する「NFT鳴門美術館」だ。
この美術館はもともと、工芸作家である「エミール・ガレ」の作品を中心に展示する「鳴門ガレの森美術館」として開館し、2021年に美術館名を改称する形でオープンしている。その後も2022年3月、そして2023年3月と度々リニューアルを繰り返しており、変わりゆく時代に対応する形で最先端のNFTアートを取り扱っている。
主な収蔵作品は、1970年から世界的に活躍する日本人アーティスト「ヒロ・ヤマガタ」や国外から高い評価を受けている工芸作家「古野幸治」の作品など。またファッションブランド「ANREALAGE」と細田守監督のアニメ映画『竜とそばかすの姫』のコラボレーション作品なども収蔵している。
NFT鳴門美術館は収蔵だけではなくアート作品のNFT化にも力を入れている。既存のアート作品をNFTとして発行することで、作品のあらたな可能性や価値を引き出し、多くの人に届けようとする試みを行っているのだ。
このNFT化により、従来とは異なる流通や融資を管理することができ、あらたな市場の開拓にもつながっている。
昨年5月には、メタバースプラットフォームの「cluster」を運営するクラスター株式会社と協力し、メタバース空間において作品発表やイベントを行う「NFT鳴門美術館 メタバース空間サイト」を発表。
この企画は「社会性×経済性」をコンセプトにしており、作品の魅力だけではなく、そこに「社会的な存在価値や共感があるか」という問いを国内から海外まで広く発信する形となった。
また「トミタ夢工場」の創業者である富田義一のスポーツカーブランド「トミーカイラ」の車両をNFT化した「Tommykaira ZZⅡ PremiumNFT Membership」の販売も行っている。
このNFTを購入すると、トミーカイラのオリジナルスポーツカーである「Tommykaira ZZⅡ」の3Dデータから、ミニカーやキーホルダー。さらには実車製作までの二次利用、商用利用が可能になるというもの。現在でも美術館のサイトから購入が行えるようになっている。
そして今年3月には、個人の手紙や日記、作品やコレクションなどをデジタル化し、NFTとして美術館に保管できる「Personal HistoryStorage」を開始。
従来の美術館ではスペースの都合から難しかった、一般人の「歴史」に関わる品々をデジタル化とNFT技術で美術館に保存することを可能にしている。本人の希望があれば、NFTの販売、メタバースでの展示も可能だ。
▶︎アパレルブランド「アンリアレイジ」とアニメ映画『竜とそばかすの姫』がコラボし、NFT鳴門美術館が収蔵したNFT作品。
▶︎「トミーカイラNFTプロジェクト」の一環として、実際のコンプリートカー「Tommykaira ZZⅡ」のNFTを購入することが可能。
メタバース「デジタルモール嬉野」は
リアルとバーチャルの「観光」をつなぐ
西九州新幹線、そして嬉野温泉駅というリアルな施設の開業に合わせて、インターネット上にあらわれたバーチャルなメタバース空間が「デジタルモール嬉野」だ。
3次元仮想空間内を自由に動き回ることができる「メタバース」は、さまざまな視点からあたらしい試みに取り入れようと注目を集めている分野だ。特にレジャー・観光分野においては実際のリアルな空間と接続するような使い方ができないかと期待されている。
このデジタルモール嬉野は、「大日本印刷」と佐賀県嬉野市と提携し作られた、嬉野温泉駅前をメタバースとして構築した仮想空間だ。同じく昨年9月に開業した西九州新幹線、そして実際の嬉野温泉駅の開業とあわせる形で公開された。
専用のデバイス機器は必要なく、PCやスマートフォンで誰でも気軽にバーチャル空間に入れる。ブラウザ経由で楽しめるので、アプリのインストールなども必要ない。
デジタルモール嬉野では、嬉野温泉駅と隣接する「嬉野観光交流センター」を中心に、アバターで周囲のさまざまな場所を自由に探索することが可能。
なお嬉野温泉駅と嬉野観光交流センターのCG空間は、実際に使われた建築データに基づいて再現された。もちろん現実を再現するだけではなく、さまざまな「メタバース」ならではの楽しみも用意されている。
アバターは移動のほかにジャンプといったアクションも可能。嬉野駅前広場の空中に浮かぶ「アスレチック」を上手く登らなければたどり着けない場所など、ゲーム的な要素も盛り込まれている。
またフィールド上に設置されている「コイン」を集めると、「カプセルトイ」を回すことができ、このカプセルトイからは嬉野市にある実店舗で使える特典などを得ることもできる。
また観光交流センター内からは嬉野市の有名観光名所を360°カメラで撮影した空間に移動でき、あたかもその場所に行ったかのような体験をすることが可能。そのほか広場には嬉野市に関連するクイズゲームなども用意されており、楽しみながら嬉野市の観光情報を得ることができる作りだ。
もちろんメタバース内で参加者同士の交流も可能。チャットを使って情報交換や旅先で知り合った人との現状報告などを行える。このメタバースは嬉野市の観光促進、まちおこしを念頭に製作されおり、「旅マエ・旅ナカ・旅アト」がコンセプト。
旅の前に嬉野市の観光情報などをあらかじめ入手することができ、旅の最中のメタバース内で入手した特典を使用可能。旅の後には出会った人との交流をさらに深めることができる。
今後はメタバース内でリアル店舗をスタジオにしたオンライン配信などのイベントを開催予定。リアルとバーチャルを横断し、そして旅の前・中・後のどのタイミングでも嬉野市を満喫できるメタバースだ。
▶︎メタバース内と現実の「シーボルトのあし湯」の画像。嬉野温泉の各名所が360°カメラを使ってリアルに再現されている。
NFTは観光業と地域活性化に貢献するのか?
「NFT化」のコストと効果はいかに。
NFT化は、実は簡単に作成できて、話題にもなるためコストパーフォーマンスが良い。地域活性化や環境業界の盛り上げを目的として、地域の名産品や名所をNFT化するという動きが全国で始まっている。
全国12城の写真画像と人気声優の解説音声をNFT化
「現存天守12城」
NFT化する対象としてよく取り上げられるのが城である。日本らしさがあり、各地域が誇る名所であり、さらに写真やイラストにしたときに見栄えが良いというのがその理由だろう。
日本全国にある温泉地や酒蔵、城郭などの観光資源をNFT化している「ルーラNFT」は、2022年に「現存天守12城」というNFTシリーズを発行・販売している。
これは現存している全国12城の写真画像と、人気声優が担当した解説音声をNFT化したもの。実際に城の半径2キロ以内に行くことで購入できるという仕組みを採用している点も大きな特徴だ。単なるNFT画像の販売ではなく、観光を楽しんでもらうための補助としてNFTを活用している例といえるだろう。
城に関連するNFTとしては、御城印(城を訪れた際にもらえる登城記念証)をNFT化したものもある。それが、2022年にexcuance社などが販売した「御城印NFT」である。このプロジェクトでは、群馬県内にある厩橋城・前橋城・石倉城・白井城・蒼海城の御城印を各100枚限定で発売した。
一方、カーナビ事業や、移動距離に応じてポイントが貯まるアプリ「トリマ」で知られるジオテクノロジーズ社は、「位置情報付地図アイコンNFT」を発表。
これはカーナビなどのデジタル地図上に表示される、建造物やランドマークなどのアイコンに緯度経度の位置情報を付与し、さらにNFT化したもの。「GT Building Collection」というNFTシリーズの第1弾として、日本の城をドット絵で表現したアート作品を販売している。
このように全国各地の名所をNFT化し、それを観光業や地域活性化に利用する試みは今後もますます増えていくはずだ。地域活性化にはさまざまな手法があるが、NFT化は比較的コストパフォーマンスが良いと考えられる。
実は画像やイラストのNFT化はそれほど難しい作業ではなく、やり方を知って入ればすぐにできるからだ。それでも、NFT化という情報の真新しさから、話題になりやすいというメリットがある。また、デジタル商品であるNFTは、売れ残ったとしても手元に在庫が残るわけではない点も長所といえるだろう。
ただし、「NFTなら何でも売れる」時期はすでに過ぎ去っている。全国にアピールできるほどの話題性を獲得するためには、地域や観光業が一体となってプロジェクトを盛り上げる必要があるだろう。
Web3.0における観光復興のリスク
こうしてみると、旅行・観光業や地方創生にとって利点しかないように感じられる。もちろん、可能性が大きくあるのは間違いない。しかしながら、メタバースやNFTを闇雲に「導入すればいい」というのは端的にいって間違っている。
たとえば地域の有名な土産物として、長く人気のあった商品をそのままNFTと紐づけても、そこに魅力を見出せなければ購入する人は増えていかないし、通販でただ普通に商品を購入すればいいと考える人もいるだろう。それでは現状以上の収入や将来的により成長・発展していくビジネスにはなり得ない。
メタバースにしても、その地方や観光地がメタバース化していることの面白さやシステム上の魅力がなければ人は集まってこないのは当然だ。すでに今現在においてもメタバースは数多く存在し、しのぎを削り合っている。
さらにはその地方から距離の遠い人であっても、それぞれには別の「近場で行きやすい観光地」というものが存在しているのだ。
現在は注目が集まり一種の「バブル」となっている状況ではあるが、結局のところ「NFTならではのブランド価値」や「メタバースならではの観光的メリット」を作り出す必要がある。そしてそれは現在、アーティストやデザイナーら多くのクリエイターが常々頭を悩ませ、四苦八苦していることでもある。
地方創生、旅行・観光業においてWeb3.0で成功するには、やはりNFTやメタバースの特性や利点、そして同時にその土地独自の特性や魅力を、把握・理解できるディレクターやプランナーが必要になる。
また当然、NFTを基軸にした経済圏を構築するに当たっては、NFTと密接な関係にある暗号資産の価格暴落などのリスクも考慮しておかなければならない。
こうしたリスクを無視しようとすることは、世界的なパンデミックで客足が減るリスクを無視することと、同レベルの愚行だといえるだろう。
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