暗号資産取引所が機関投資家の信用を得るべく株式上場を目指し始めているということは、前ページで解説した。しかし新規上場(以下IPO)は、多大な時間と費用を要する。そこで、現在注目されているのがSpecial Purpose Acquisition Company(以下、SPAC)を用いた米国市場での上場である。
SPACは、日本語では「特別買収目的会社」と翻訳される。その名の通り、企業を買収することを目的として設立され、特に業務を行わないペーパーカンパニーである。SPACの設立は、資金力のある投資家や著名な経営者の自己資本によって行われることが多く、SPACの設立を行う主体のことを「スポンサー」と呼ぶ。
スポンサーの目的は、非上場ではあるが、将来性が高く魅力ある企業(ターゲット企業と呼ばれる)を上場させ配当を得ること。スポンサーは、自分たちの実績や知名度を使って、設立したSPACを株式市場に新規上場し、一般投資家から資金調達を行う。
資金が集まったところで、ターゲット企業の買収・合併を行い、その後上場しているSPACの名称をターゲット企業に変更する。こうすることで、ターゲット企業をそのまま株式市場に新規上場させてしまうのである。
SPACを仲介させることにより、上場の際の厳しい審査が簡略化されるため、ベンチャーや暗号資産業界のようにいまだ信用力や成長性において不明瞭と投資家にみられている企業でも、比較的簡単に上場し資金調達を行うことができる。何より、審査が簡略化されることによって、上場までの時間がかなり短縮できる。
ニュースになっている、マネックスグループが子会社であるコインチェック株式会社をNASDAQへ上場させる手段としてもSPACが用いられている。
Coincheckの「Thunder Bridge Capital Partners Ⅳ,Inc.というSPACに、コインチェックの持株会社となる予定の「Coincheck GroupB.V.」というターゲット企業を買収・合併してもらう。事業統合が完了したら社名を「CoincheckGroup N.V.」に変え、オランダで事業を行う予定とのことだ。
SPACの特徴
●上場した時点ではペーパーカンパニー
●未公開企業を買収・合併して上場することが目的
●米国では投資家保護規定で、投資資金は保護される
暗号資産業界にとって米国上場は魅力的
SPACの手法は日本では認められていない。そのため、Coincheckは今回、米国でのSPAC上場を目指した。SPACは、正式なIPOの手続きを踏まないため、「裏口上場」などと揶揄されることもあるが、現在、米国、カナダ、シンガポールでは正式に認められており、英国でもSPAC上場を奨励するために2021年からあらたなルールが策定されている。実際、Coincheck以前に、ソフトバンクグループがSPACを使用して米国の株式市場に上場をはたしており、2021年6月から、日本でもSPAC解禁の議論は始まっている。
SPACの制度自体は90年代前半には誕生していた。それがなぜ、今になって再度注目をあびるようになったのか。そこには新型コロナウイルス以降の米国経済の状況がある。
バイデン政権により、各家庭に大量の一時支援金がばらまかれた結果、米国市場にはキャッシュが溢れることとなった。溢れたキャッシュは物価高を招くため、現在米国では高金利政策がとられているわけだが、日本よりも貯蓄という意識が低い米国人は、このキャッシュを金融市場へ回し、現在の米国の好況が生まれている。
本来なら、一般人が行う投資は、なるべく固い銘柄へ回すのが王道だろう。しかし、キャッシュが溢れている状況である。何に投資するかは不透明なものの、高配当が期待できるSPACへ出資をする余裕が人々の心に生じている可能性がある。
一方、上場を狙う起業家の多くは、米国の好景気が、まだ不安定なものであることはうっすらと勘づいている。先行き不透明ななかで、コストをかけて通常のIPOプロセスをとる企業の数は減っていった。代替手段として浮上してきたのがSPACであった。こうして、SPACは2021年頃を境に脚光を浴びることとなったのだ。
現在、暗号資産取引の中心はやはり米国だ。Coincheckとしては、SPAC制度が充実している米国の方が、素早く上場して日本より資金調達がしやすいと踏んだのではないだろうか。このSPAC上場が成功するかどうかは、2024年の9月頃に判明するとみられている。
※2024年11月にSPAC上場について発表
まとめ
・変化の速いWeb3.0業界においてIPOより素早く上場できると注目
・米国の好景気でSPACが盛り上がっている
・暗号資産市場は米国中心なので、米国での上場は魅力的とみられている
用語集
CoinCheck:マネックスグループ株式会社の完全子会社であるコインチェック株式会社が運営する暗号資産取引所
マネックスグループ株式会社:東京都港区に本社を持つ大手金融持株会社
ペーパーカンパニー:法人として登記されているものの、実際には事業活動を行っていない会社。解散や生産を放置している会社や、悪徳事業の隠れ蓑としているダミー会社もあるが、ここで解説しているのは、特別目的会社(SPC)と呼ばれるものとなる
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