金融・経済

『評価経済社会』は“預言書”だったのか?

2024/10/01Iolite 編集部
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『評価経済社会』は“預言書”だったのか?

2024年現在の世の中の姿やDAOの登場なども予言

30年近く前から予見されていたインターネット社会とは何か

『評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている』は、アニメ・ゲーム制作会社ガイナックスの初代代表取締役岡田斗司氏が2011年にダイヤモンド社より出版した本。氏は『王立宇宙軍-オネアミスの翼』『ふしぎの海のナディア』など名作アニメを世に出したのち、講演活動や、著述・言論活動を行っている。

もはや10年以上前に記されたこの本は、ネット上で“預言書”としてたびたび語られている。本書は、1995年に朝日新聞出版社より出版された氏の処女作、『ぼくたちの洗脳社会』が底本となっている。つまり、人々が驚いている内容は、今から30年近く前に考えられていたということだ。30年前に語られた、未来予想とはどのようなものだったのだろう。

そもそも“評価経済社会”とはどのようなものなのか

『評価経済社会』という聞きなれない単語は、岡田氏の造語だ。意味は、“「評価」と「影響」を交換しあう社会”だそうだ。よい情報の提供で価値観や行動に影響を与えてくれた人に対して、「評価」を与える。この交換が、金銭的価値を上回る社会が訪れることを、本書は語っている。

▶『評価経済社会・電子版プラス』岡田斗司/FREEex.著株式会社ロケット発行

『評価経済社会』とは?

一、他人を、その価値観で判断するということ。

一、価値観を共有するもの同士がグループを形成するということ。

一、個人のなかで複数の価値観をコーディネートするということ。

▶岡田斗司夫 FREEex.評価経済社会・電子版プラス.Rocket Inc.Kindle版.

SNSの「いいね」を獲得するために躍起になる若者や、インフルエンサーへ企業がお金を払うことは、今ではあたり前であり、2024年現在、すでに“評価高貨幣安”とでもいうべき時代は訪れている。だが、SNSの黎明期である2011年にこの状況を想定できていた人間は、ほとんどいなかっただろう。

岡田氏は、やがて若い世代は貨幣というものの価値を重視せず、『自分の感覚・趣味性を最大の価値とする』時代が来ると本書で一貫して述べている。出世や贅沢に興味がなく、仕事に対する姿勢もドライ。だが、趣味に対する熱意だけはものすごい若手社員をどう働かせるか。今現在、頭を抱えている中間管理職は、一定数いるのでは?いったいどこから、このような予測は生まれたのだろうか。

現代は人類が三度目に経験するパラダイム・シフト

天動説が主流だった時代においては、天文学者は天動説を基盤に置いて研究を行った。しかし、天動説ではどうやっても理解できない動きをする惑星が発見されると、その謎を解明しようとさまざまな新説・珍説の類が誕生する。そのなかにたまたま、問題解決に適応できる研究、たとえば地動説があらわれると、徐々に人々の研究は地動説中心に移っていき、やがて従来の定説であった天動説は忘れられて地動説が主流の社会となる。

哲学者にして科学史家のトーマス・クーンが、1962年に提唱したパラダイム論は、世界中にセンセーションを巻き起こした。現在では本意を超え、社会全体の価値観が劇的に変化することを「パラダイム・シフト」と呼ぶようになった。本書のなかでは、現代を「農業革命」、「産業革命」に次ぐ、第三のパラダイム・シフトの時代であるとしている。変化を引き起こしたのは、「情報」すなわち、インターネットだ。

科学技術の発展によって生み出された大量生産・大量消費社会により訪れた幸福は、次第に負の側面も人々にみせるようになった。産業が環境を破壊し、他人の人権を搾取し成り立っていることを、我々は知った。科学を啓蒙したマスコミは、お金をもらえば科学を否定する発言をすることも知っている。こうして「物欲や金」は否定するべきものへとなった。そこへ、インターネットが普及した。

インターネットは、個人では処理できない量の情報提供と、個人が情報発信側に回ることを許した。この状況をみて岡田氏は『人々は自己実現・自己発表のために目まぐるしく動きながらも現実の世界ではモノを消費せず、あまり動いたりせずに資源の消費をしないように努める』『豊かさを支えるのはモノではない。もっと抽象的な、お金にならない分野になる』『人類は、貨幣よりも自分にとって「楽しい」「好き」を提供してくれる人を評価するようになり、その評価に応じたリべートを払うようになる』と、予測を立てたのだ。

『評価経済社会』が預言とされた2024年現在の社会変化

ネットで話題になったように、評価を得ることが貨幣価値を上回る社会や時代は本当に訪れているのだろうか。現在起こっているネット上の現象をいくつかみてみよう。

バズることに夢中になったZ世代

しばらく前に、社会問題となった迷惑行為をSNSに晒す「バカッター騒動」では、身内で「いいね」を稼ぐために、わざわざ誰がみても犯罪行為とわかることをインターネットにアップしていた。

「なぜ、世界中の人がみている空間に、わざわざ自分が不利になる情報をアップするのか」「将来的な損害賠償のことなど考えていないのか」と、誰もが不思議に思ったはずだ。だがあれも、「仲間内からの評価を獲得したい」という動機が何よりも優先されていると考えると納得ができる気がする。

仲間内の「いいね」獲得のためにネットにアップしたいたずら。そのいたずらを必死で探し出し、炎上させることで「いいね」を得ようという第三者。そうした動きが重なっての騒動だったのではないだろうか。また近年、インフルエンサーがアップした「踊ってみた動画」を素人が真似した動画が流行っている。

踊ってみた動画で使用されている楽曲は、レコードの売上にはみえない形で世界的なヒット曲となり、ビルボードの上位に日本人も知らない日本の楽曲が入っていることも珍しくなくなった。面白いのは、真似している側は、アップによりお金が得られているわけではなさそうなことだ。

インターネット黎明期では考えられないことだし、「オリジナリティがない」と一笑に付されていただろうが、この動画は自分に影響を与えてくれた人を評価しつつ、同好の士が集まるアイコンとして利用されている。動画の編集も凝っており「いいね」を得るためにかけるコストは、貨幣価値に換算するようなものではなくなってきているのだろう。

経済では測れない「推し活」

自分のイチオシの何かや誰かを応援する活動を「推し活」というようになって数年経った。主要ジャンルであるアニメ・アイドル関連の市場だけでも、年約4,500億円規模のお金が動いている。ライブやグッズ購入などで動くお金は理解しやすいが、最近多いのが、配信者に対する「スパチャ」。いわゆる投げ銭だ。配信者によっては1ヵ月に1,000万円以上もスパチャだけで稼いでいる。

スパチャが飛び交う配信をご覧になったことはあるだろうか?高額の投げ銭を行ったからといって何か物が得られるわけではなく、配信者から「感謝の言葉」と、同好の士から「ナイスパ!」という評価のコメントが得られるだけだ。

情報革命以前のパラダイムに軸足を置いている世代にとっては、なんとも非生産的な行為に映る。だが、推し活を行っている当人たちは、「お金<評価」という価値基準で動いているのだろう。高額配信者は、チャット欄の上位に名前が載っている。それはコミュニティ内で叫ぶ、推しへの愛の声である。

聖地巡礼という、推しが活躍した作品の舞台を巡る運動も馬鹿にできない。某アニメ作品の舞台となった静岡県沼津市では、都会を捨て、作中キャラの暮らしていた町に移住する聖地移住が盛んだ。移住したファンはファンコミュニティのなかで高い評価を得るようになり、気が付けば沼津市への移住者の数は、県庁所在地である静岡市を抜いて静岡県2位となった。経済的なメリットを捨て、推しへの愛で人生を決めるという生き方も今やあたり前の動きとなっている。

Vtuberにとって大事なのは“中の人”

日本で最初のバーチャルタレント・キズナアイは、バーチャルYouTuber(Vtuber)は、いわゆるなかの人が変わっても、キャラクターとして残り続けることができるという旨の発言を行っていた。だが、どうもその理念は崩壊しているようにみえる。

Vtuber界隈では時々、「転生」という言葉がささやかれる。何らかの理由があって、キャラクターを演じられなくなった配信者が、ほかのキャラクターのグラフィックとあらたたな名前で活動を始めることだ。実は、旧キャラクターのファンは、なかの人が変わると、転生先のキャラクターのファンへ移行する現象が多くみられる。

『評価経済社会~』のなかでは、評価は、自分に「楽しい」や「好き」といった影響を与えてくれるコトやモノに対して行われるとされている。とするならば、Vtuberが与えてくれる楽しさは、キャラクターの外見より、配信でかけてくれた言葉や歌の方がずっと大きい。

岡田氏は、これからの若者は、評価先をすべて肯定するわけではなく、さまざまな評価対象から好きな箇所を持ちよってオリジナリティを構築する、パッチワーク型の自我形成が一般的になると書いていた。岡田氏のいうパッチワーク的な評価の獲得で自我を形成していくという予測が正しいのであれば、Vtuber事務所はキャラクターのイラストは当然として、もっとタレントを大切に扱う必要があるのではないだろうか。

「面白さ」で人が動くDAOの誕生

岡田氏はこれからの時代、面白い価値を提供する側に対して、社員がお金を支払うような組織の形もあり得ると本書のなかで述べており、実際、本書の制作は、FREEexという岡田氏の後援会から発展した組織で行っていた。初版以降は、著作権含め本書の権利はこの団体が所有している。

FREEexのメンバーは、代表である岡田氏にお金を払う形で、プロジェクトへ参加できる。メンバーになると、岡田氏の評価や著作物を使用してビジネスを行うことが許可され、仕事をした社員は岡田氏のもとに支払われたお金を発行担保とした独自トークンを通じて報酬を得ることができる。

この仕事の形は、タレントの西野亮廣氏や中田敦彦氏らが行っているオンラインサロンの原型となったとされているが、本書の読者はもっとなじみ深い形でこれを目にしているはずだ。ブロックチェーンにおけるDAO(分散型組織)である。DAOのような形の組織が、現在世界で定着しているかといわれたら、まだといわざるを得ない。

だがWeb3.0に興味を持っている人ならば、いずれは、DAOがもっと広まってほしいと願っているはずだ。FREEexが設立したのは2010年。オンラインサロンについては、一時期のような勢いはなくなっている。だが、少なくとも14年前にDAO的な組織が成立し、現在も残っている事実は、これからのWeb3.0時代の到来に向けた希望ではないだろうか。

ヨーロッパの魔女狩りは1人の思い込みにより広がった

技術の発展はどうしようもない情報も広げる

ヨーロッパで実際に起こった悲劇「魔女狩り」をご存知だろうか。魔女と密告を受けた女性に対し、拷問や死刑が行われ、4~6万人近い人が殺害された

日本では魔女狩りというと“中世の”という枕詞が付きがちだが、実際に最盛期を迎えたのは1600年代の近世であり、人間が迷信などを否定し、科学の探求を始めた時代であることはあまり知られていない。魔女狩りがブームとなったのは、1冊のベストセラーによるものであったことが現在では研究により明らかになっている。

その本のタイトルを『魔女に与える鉄槌』という。著者は、ハインリヒ・クラーマーというドイツのキリスト教異端審問官であった。異端審問というのは、キリスト教にあわない教義を持った人を裁判する制度のことで、魔女狩りと同じく、多くの人を死に追いやったヨーロッパの負の歴史ではあるが、17世紀頃になるとその非人道的なやり方に疑問が持たれ、穏健な形に収まってきていた。

だが、ハインリヒ・クラーマーは、かつての拷問による自白を含む過激なやり方を変えることができず、結局教会から異端審問官を更迭されることとなる。『魔女に与える鉄槌』は、この更迭を不服としたクラーマーが、自分のやり方を認めさせるために書いた書物と考えられており、現在では、読むに堪えない女性差別的な思想に彩られている。

クラーマーは本書に書かれた自分の思想を補強するため、出版にあたり、ケルン大学神学部の大学教授ら8名の署名を捏造し、本書の巻頭に記している。当然ケルン大学はこれを否定し、訂正しているのだが、科学技術の発展がこの訂正を上回ってしまったのである。

15世紀中頃に発明されたグーテンベルグの活版印刷により、それまで大金持ちしか持てなかった書物が、大量生産され廉価に購入できるようになった。最初に庶民に喜ばれた出版物が、聖書である。聖書はヨーロッパ中で需要があったため、世界中に活版印刷機が広まっていき、印刷コストがどんどんとさがった。すると、次に求められたのが、聖書以外のコンテンツである。

『魔女に与える鉄槌』は、一大出版ブームに乗り世界中で発行された。先述の通り、内容が過激かつ暴力的であったため、当初娯楽として読まれていたが、やがて内容を真に受ける人も出てくる。こうして、科学萌芽の時代である近世に、魔女狩りという前時代的な非道がヨーロッパ全土で行われたのである。

人間の好悪による判断を超えた判断基準の確立を

技術の進歩により、情報が加速度的に広がっていくと、そのなかには必ず誤った情報が混ざってくる。『魔女に与える鉄槌』は、当時の常識から考えても読むに足らない、非科学的な内容であった。だが、魔女狩りは起こり何万もの女性が殺害された。どれだけ科学の時代になろうと、人の心はそう簡単に変わらない。前近代的な生活や、魔女という存在にしがみつきたい人々が多かったのである。

さて、現代はインターネットの登場により、17世紀などとは比較にならない規模で情報が広がっていく。だが、人間の意識の変化速度は、17世紀の時代とそれほど変わっていないのではないだろうか。となれば、魔女狩り的な思想は、もっと素早く、爆発的に普及していくことが考えられる。最近SNSをみていて、「陰謀論的な言動が増えてている」と感じたことはないだろうか。

先日、フォロワー数10万人を超えるXのアカウントが、「9.11の同時多発テロは起こっていない」という発言をしていた。リアルタイムで2機目が突入した瞬間と、ビルが崩落する映像をみていた人は世界中に何十億人もいるであろうに、その発言には、賛同のコメントもかなりの数がついていた。ここに、評価経済社会的なものが普及していく過渡期のおそろしさがあるように感じられる。少なくともそのアカウントは、10万人近い人間からSNS上で評価を得ていた。

本書の通りならば、1から10まで肯定する人は少ないかもしれないが、何%かは、陰謀論にも賛同する人が出てくるはずだ。もしかしたら、1%だけかもしれない。だが、10万人の評価を集めているアカウントということは、1,000人は陰謀論に染まった人が出てくるということである。インターネットが世界に広げられている以上、実際はもっと多くの人に「あの人がいっていることだから真実に違いない」と思わせるだけの力が、そこにはある。

思えば、東日本大震災の時も、コロナ流行の時も、陰謀論的なものはネット上を席巻した。Xはこうした陰謀論の加速を止めるためにコミュニティノート機能を搭載しているが、評価をしている人の発言を絶対のものとしているフォロワーは、エコーチェンバー現象にとらわれており、コミュニティノート機能そのものを陰謀だと決めつけている有様である。

ブロックチェーンの世界では、発言の真贋を吟味するのは、人間の感情ではなく、あくまでスマートコントラクトである。もちろんまだまだ欠点は多いし、これからの技術であろう。だが、人間の感情による過ちを繰り返さないためにも、システムによる判断の精度はもっともっと高めていく必要があると、そう思うのだ。

『評価経済社会~』は現在『評価経済社会・電子版プラス』という形で加筆され、AmazonのKindle Unlimitedにて無料で読むことができる。自身の感性の低下を感じた時。現在世のなかで起きている流行が理解できないと感じた時、本書のことを思い出して、ぜひ手に取ってみてほしい。

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