——まず「加賀市web3課」を立ち上げるに至った背景についてお聞かせください。
山内智史(以下、山内):加賀市は人口約62,000人ほどの小さな自治体で、消滅可能性自治体に指定されるなど、人口減少が最大の課題となっています。人口減少によって負の連鎖も起きていますので、なんとか消滅可能性都市からの脱却を目指し、加賀市ではデジタル化やスマートシティに関する政策を進めていることが背景にはあります。そのなかで、先端技術の導入と人材育成を行うことの2つが私たちの成長戦略の柱になっています。
先端技術といってもさまざまなものがありますが、私たちは電子国家であるエストニアをベンチマークにしてきました。昨年にはエストニアのハープサル市と姉妹都市協定を結んでおります。加賀市でもエストニアの施策を実現できないかと模索をしていて、そのなかの1つに電子市民証の存在があります。
この電子市民証は「e-Residency」というもので、関係人口をデジタル上で組成する取り組みとなっています。この取り組みにはブロックチェーンが活用されており、e-Residencyを持つことで、EU圏でのビジネスも可能となります。加賀市でもこの取り組みを進めていきたいと考えており、「e-加賀市民制度」を立ち上げました。
その上で、ちょうど世の中の動きとしてWeb3.0の活用に注目が集まっていたこともあり、「NFTを市民証として配るのはどうだろうか」という話が持ちあがったことが我々にとってのWeb3.0の入り口です。
そもそも、加賀市は2018年に「ブロックチェーン都市宣言」を発表しており、先端技術のなかでもブロックチェーンに注目して行政に組み込むことを試行錯誤してきました。そういう意味ではe-加賀市民制度を立ち上げたのも真っ当な流れであったといえます。
エストニアのe-Residencyは起業という点でインセンティブが働いていますが、加賀市でも市の外から産業を集積させていき、あたらしい産業を立ち上げたりスタートアップを意識した起業家向けの支援プロジェクトを作っていきたいという考えがありました。起業家に焦点をあてることで、関係人口を創出していけるのではないかという考えですね。
実をいうと、加賀市web3課というのは起業家支援プロジェクトの総称なんです。そのため、実際に市役所に置かれた1つの課というわけではないのも特徴の1つです。加賀市は国家戦略特区に指定されていますので、海外と遜色ないビジネス環境を構築して世界一ビジネスをしやすい町にしていきたいという想いがあります。
▶あらたに立ち上げられた加賀web3課は、実在する課ではなくメタバース空間上で展開されている起業家支援プロジェクトの総称。国家戦略特区の特例措置による開業支援もあわせたデジタル支援環境は全国自治体初とのこと。
起業家支援を通じて“世界一ビジネスをしやすい町”を構築
豊富な観光資源を活かして加賀市の人口減少阻止と課題解決を図る
——加賀市web3課の特徴を教えてください。
山内:加賀市にはイノベーションセンターという物理的な人材育成拠点があるのですが、ここに直接行くことなく、バーチャル上でアクセスする環境を作ることはできないかという観点から生まれたのが加賀市web3課であり、メタバース上で構築した理由でもあります。
このメタバースのなかではさまざまな仕掛けを作っていて、そのなかでもたとえば「開業ワンストップセンター」と呼ばれるものがあります。開業ワンストップセンター自体は国家戦略特区の特例措置の1つですが、起業家がいきなり加賀市を訪れることなく、バーチャル空間上で起業時の手続きや相談ができる窓口となっています。
また、加賀市は「スタートアップビザ」と呼ばれる国家戦略特区の特例措置にも対応しています。これは海外の方々が起業する際に在留資格が最大1年6ヵ月まで延長できるという特殊なビザで、これに関する相談も加賀市web3課で行うことができます。
加賀市web3課でe-加賀市民NFTを取得することもできますし、メタバースとNFTを組み合わせて構築している点もポイントであるといえます。さらに、国家戦略特区の特例措置と連携したスキームもほかの自治体にはないWeb3.0を活用した特徴だと捉えています。
▶加賀市web3課では「開業ワンストップセンター」や「スタートアップビザ」といった国家戦略特区における特例措置にも対応している。メタバース空間上で窓口が一本化されたことから、起業に関するサポートがより手厚いものとなる。
——メタバース上での展開ということで画期的であると感じる一方、現状を踏まえると利用者は限定的になるとも考えられます。その辺りはどのように考えていますか?
山内:Web3.0が浸透したかといわれるとまだ途上段階であるでしょうし、現時点ではどうしても利用者が限定的になってしまいます。メタバースに関しても参入障壁があると考えていますので、加賀市web3課ではVRヘッドセットをつけたりするようなものではなく、スマートフォンで誰でも簡単にアクセスできるように工夫をしていますが、全体としてNFTを取得するためのウォレットやデジタル環境に精通していないとなかなか入りにくいというのは課題として捉えています。
一方、このプロジェクトで起業家をターゲットとした理由の1つには、こうしたあたらしい技術やツールを使いこなせることが起業の成功要因の1つになるだろうという考えがあります。また、こうしたブロックチェーンやAIなどの先端技術になんらかの課題や使いづらいと感じる方々に向け、加賀市では支援や人材育成も並行して行っている状況です。
——現在、加賀市web3課に参加されている方々というのは起業家であったりWeb3.0に対する一定の熱量を持ちあわせている方なのでしょうか?
山内:今回、中央集権的なデータベースを作ることが目的ではなかったため、どういう方々がe-加賀市民NFTを取得しているのかなど具体的な情報やエビデンスはないのですが、感触としてはデジタルネイティブでWeb3.0にも慣れている方が多いのかなと感じています。
——加賀市でWeb3.0の技術を使う意義やメリットをどのように考えていますか?
山内:まずブロックチェーンに限っていえば、リバースイノベーションが起きやすいのではないかと考えています。たとえば、アフリカでステーブルコインやトークン技術が活用されているところなんかは典型的なリバースイノベーションであるといえますよね。同じように、日本でも地方自治体だからこそ都市部よりもイノベーションが起こせるというところにブロックチェーンの可能性を感じます。地方創生における希望の星なのかなと思います。
一方、暗号資産やトークンとなるとやはり投機性や営利的な話になってきますので、地方自治体としては扱いが難しいという現状もあります。こうした側面では慎重にならないといけない部分があるものの、民間企業がイノベーションを起こしていくための支援という意味で、ブロックチェーンを活用したサービスなどを加賀市としても支援していきたいと思います。もちろん、ブロックチェーンに限らずそのほかの先端技術の活用に関する支援も充実させていきます。
——Web3.0領域で活かせる加賀市の強みとはなんでしょうか?
山内:加賀市は観光資源が豊富な自治体で、温泉や日本酒などは大きな武器になります。そうしたリアルワールドアセット(RWA)の面で大きなチャンスがあると感じていますし、加賀市の強みを活かせるポイントだと思います。また、こうした我々の強みを活かして何か取り組んでいけるのではないかと考えている事業者の方々を支援していければと思いますし、事業機会の創出も一緒に図っていきたいですね。
——Web3.0の技術を使った今後の取り組みに関する計画や、具体的な目標などがあればお聞かせください。
山内:今後については、関係人口をいかに拡大させていくかにフォーカスをあてて取り組んでいきたいと考えています。観光客ベースでの加賀市の関係人口や交流人口は、年間約200万人にのぼります。そしてe-加賀市民においては、100万人の関係人口創出を目標として掲げています。加賀市の物理的な人口は約62,000人ですが、100万人の関係人口を創出することでデジタル上での政令指定都市化を目指すという観点からこの数字を目標としています。
従来のNFTマーケットプレイスをみても、今時100万枚のNFTを配るプロジェクトなんてないでしょうし、かなりのイノベーションを起こせないと厳しいことは承知しています。また、真正面からNFTを100万枚発行して目標達成を目指すというよりも、さまざまなアイデアを組み合わせてビジネスイノベーションを起こし、目標に向かっていければと考えています。
Profile
◉山内智史
加賀市最高デジタル責任者(CDO)兼イノベーション推進部長。
慶應義塾大学大学院修了(MBA、2016年)、大阪府立大学(現大阪公立大学)大学院修了(工学修士、2011年)。東京エレクトロン株式会社(2011年~2014年)、ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)及びソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(2016年~2021年)。2021年9月加賀市CDO就任。2023年4月イノベーション推進部長兼任。
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