ジョー・バイデン大統領の大統領選挙撤退により、沸き起こったハリス氏に対する期待の高まりはいまだ衰えてはいない。しかし、ハリス氏が採択した民主党の政策綱領は、事前の予測通りバイデン政権の主要政策を継承する内容だった。強調されていた点といえば、トランプ氏の名前を150回以上出して同氏の批判を繰り返したに過ぎず、ハリス氏独自の色はほとんどみられていないといえる。
事実上の公約となる党綱領は約90ページあり、「トランプのビジョンは、機会や楽観主義ではなく、遺恨と報復に焦点をあてたものだ」と書き記すなど、トランプ氏に対する姿勢を一層強めている。さらに、トランプ氏は個人や女性の自由を奪い、労働者の負担を増やし、社会保障を削減するものであると強く主張した。
実際にはトランプ氏率いる共和党の綱領では暗号資産を推進するなど、ビジョン的にはこれまでよりもあたらしさを感じさせるが、そうした点には触れていない。その一方で、民主党の方針としては「低所得者層の底上げや中間層の拡大」、「製造業の復活とインフラ再構築への投資を加速する」などバイデン政権の基本政策を並べた上で、トランプ氏が比較的重要視していない気候変動対策を盛り込んでいる。
また、若い世代が反発するイスラエル支援に関しては「パレスチナ自治区ガザの停戦合意」を主張した。イスラエルとパレスチナの「2国家共存」などへの反対する姿勢も示した。しかしながら、イスラエルに対する武器禁輸は一切触れておらず、説得力に欠けるものだった。
ハリス氏が最も注力しているのは、若年層と低所得者層、マイノリティの取り込みだ。ハリス氏は伝統的に黒人女子学生で構成された社交クラブ「アルファ・カッパ・アルファ(Alpha Kappa Alpha =AKA)に所属していた。これは全米の36万人の女性と直接つながるネットワークだ。AKAの会員はハリス氏を支持することを事実上、表明している。
女性と黒人を主な支持層としている民主党にとっては大きな力となる。社交クラブ自体が民主党支持というわけではないが、会員達はハリス氏を支持しているのだ。その反面、トランプ氏は全米黒人ジャーナリスト協会(NABJ)によるインタビューでハリス氏に対し「インド人と主張していたのに突然黒人になった。私は彼女が黒人だとは知らなかった」と述べ、黒人女性層の支持を失いつつある。
今大統領選の争点の1つとなっている人工妊娠中絶に関しては「憲法上の権利として法制化し、生殖に関する権利を回復させる」と明言。トランプ氏が全面的にうたう移民問題については、議会に対して「国境警備の強化、難民申請制度改革、合法移民の受け入れ拡大」の法案化を目指すとした。党綱領の草案はバイデン大統領が撤退する前に、民主党全国大会の綱領委員会が承認したものだ。
綱領は民主党が数年にわたり調査、検討してきたものであり、簡単に変えることができないこともまた事実としてある。バイデン政権の業績や2期目の計画に何度も言及しており、党内部の融和が優先される。トランプ氏陣営は「カマラ(ハリス)は自分が作り出した危機の数々を解決するプランがない」と批判するが、実際バイデン政権による政策のなかには成功したといえるものもあり、踏襲することはしごく当然のことでもある。
イスラエル・パレスチナ問題、急激なインフレなど負のイメージが強調されるが、それでも概ね民主党には期待する米国民が多いことも大統領選が混戦を極める要因になっているといえる。記事執筆時点でトランプ氏とハリス氏の支持率は依然として拮抗しており、やはり結果は蓋を開けてみないと最後までわからない状況だ。
しかし、ハリス氏とトランプ氏の直接対決となったテレビ討論会によって風向きに変化がみられようとしている。この討論会はハリス氏が民主党の候補者になってから初めて行われるトランプ氏との貴重な対決の場となり、今後の選挙戦を大きく左右する極めて重要な意味を持つ。実際、バイデン大統領はテレビ討論会で散々な姿をみせ、撤退に追い込まれている。
討論会はトランプ氏が得意の“口撃”で終始民主党政権を非難し、ハリス氏もそれに対して応戦するなど、両者一歩も退かない展開となった。それでも、冒頭からハリス氏には余裕がうかがえ、討論会のペースを握っていたといえる。ハリス氏は検事出身ということもあり、展開を踏まえながら攻めていた印象だ。
一方のトランプ氏は防戦のイメージが強かった。米CNNによれば、「討論会に勝利したのはどちらか」という調査で、63%がハリス氏の勝利を支持した。6月に行われたバイデン大統領とトランプ氏の討論会では、67%がトランプ氏勝利と答えたことから、まさに真逆の結果になったといえる。この討論会を契機として、今後ハリス氏がリードしていく可能性が高まっている。
バイデン路線継続で支持集めるも暗号資産には懐疑的なハリス氏