2024年7月24日に、正式に発行された暗号資産「ワールドコインプロジェクト」は、OpenAI創業者のアルトマン氏が直々に暗号資産領域に殴りこんできたとして話題となった。
このプロジェクトは、虹彩生体認証データをキーとしたブロックチェーンであり、チェーン上で取引を行っているアカウントが人間であることを確実に証明できる仕組みが用いられている。
この暗号資産も、アルトマン氏の「BIを世界中の人々に配布する」という夢の実現のために開発が始まっている。アルトマン氏は、世界中の誰よりも、AGIの実現を信じている。そのため、かなり早い段階からBI制度の普及を目指す必要があると周囲に語っていた。
BIを公平に配布する上で、セキュアで改ざんが難しいブロックチェーンは最適であった。ただ、通常のブロックチェーンでは、botアカウントと人間を見分けることが難しく、BIを二重に配布してしまうおそれがある。だから、ワールドコインは虹彩認証にこだわっている。
アルトマン氏はさらに自費を投じてOpenResearchという研究所を設立している。ここで研究されているのが、BIを実際に行った場合の、社会変容だ。
実際に、3年間にわたり月額1,000ドル(約15万円)を無条件で貧困にあえぐ人々へ配布し、どのような意識変化が起こるかをまとめている。結果は、下表にまとめるが、アルトマン氏らが期待したほど、貧困層の生活は変わらなかったらしい。
OpenResearchによるベーシックインカムの研究
▶対象:21歳~40歳までの米国の最貧困層(年間所得が約30,000ドル未満)1,000人
方法:3年間にわたり1,000ドル/月を無条件で給付
BIが面白いのは、世界中で社会実験がすでに行われていることだ。フィンランドでは2017年から1年間、失業手当受給者に対して、無条件に失業手当と同額をわたすという実験を行い、イランでも2011年から6年間、年178万円を支給する実験を行った。米国でも州単位での検証が進んでいる。
これらの研究からみえてきたのは、思った以上に地域性や個人の素養が大きく出るということだ。アルトマン氏らAI開発者が期待したのは、BIにより金銭的な悩みから解消されることで、貧困層に再起する時間と力を与えられるという結果だったのだが、実際のところそのような変化はあらわれなかった。
一方で、フィンランドの例ではベーシックインカムを受け取った失業者は、それまでより働くようになったという調査結果が出ている。
先日ワールドコイン財団は、サンフランシスコでセキュリティ機能をさらに高めたシステムの発表を盛大に行った。だが、サンフランシスコにはインフレのせいで、家を借りられなくなったホームレスや失業者があふれかえっている。
世界中で社会保障制度は整備されているが、貧困層に陥った人のなかには、運悪く学びの機会を得られなかった人も多い。こうした人は低賃金な仕事でしか採用してもらえないというジレンマを抱えている。となると、社会保障を受けていた方がましな収入となり、就業意欲が削がれてしまうのだ。
アルトマン氏らはBIで、こうした人々に学びのゆとり時間を与えようと考えている。学びの時間があれば、より収入の多い職業へ転職をすることだって可能だ。だが、実際のところ本当の貧困層が行う仕事にまでAIの恩恵が届くにはまだまだ時間がかかるし、しみついた思考を切り替えるには時間がかかるというところだろう。
AI開発者がBIをあらたな社会保障として定着させようとしている試みはすばらしい。だが一方で、実際にBIによって今後救われるかもしれない人々が、今どのような現状なのかに目を向ける必要があるように思う。
▶米国では高いインフレのため、食料品や家賃の値段が高騰。若年層のホームレスが都市部で激増している。
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