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自宅にいながら世界を感じられる 「ボディシェアリング」とはどんな技術?

2024/12/01Iolite 編集部
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自宅にいながら世界を感じられる 「ボディシェアリング」とはどんな技術?

身体の内部で受容する“固有感覚”を伝達することでリアルな体験を実現する

ゲームグラフィックのリアル化が止まらない。先日発表されたPlayStation5Proは従来モデルをはるかに凌駕するマシンパワーで、家庭用ゲーム体験のフェイズを一段あげてくれた。実はPlayStation5にはハプティックフィードバックという機能がコントローラーに搭載されている。

ゲーム内で操作するキャラクターが砂地でこければ砂に手をついたような感覚を感じ、銃のグリップを握れば本当にトリガーをひいたような重さを感じる。これらのシステムとヘッドマウントディスプレイが組み合わさった時の衝撃は、すさまじいものだ。

もしこの感動をメタバースのなかなどで、アバターと一体になって感じられるようになればどうなるのだろう。あるいはどうしても参加できなかった遠隔地の親戚の集まりに、参加しているような空気を体験できたら。

ボディシェリングをすることでネット世界の体験はどこまでも拡張する

人体が電気信号で動いているということは、一度は聞いたことがあるだろう。人間の感覚は、「視覚」「聴覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」の5つといわれており、これらに関係する器官が外部からの刺激を受けた時にスイッチが入って……という風に多くの人は理解しているはずだ。

実は最近の研究で、人間の感覚はそんな少数ではないことがわかってきている。感覚器官で受けた刺激は、電気信号に変換されて神経を通って脳に伝わる。

したがって、この電気信号に似た電気刺激を人体に与えてあげれば、理屈上、人間はその場に存在しないものでもあるかのように錯覚するし、その感覚をどこまでも広げていけるはずだ。

このように個人の体験、経験を拡張するためのシステムを研究開発している企業が、H2L株式会社だ。H2Lでは、独自の筋変位センサーで人の動作や感覚をデータ化することに成功した。

そしてこのデータを、バーチャルアバターや、ロボット、あるいは第三者へ伝えようとしているのだ。彼らはこの技術を“ボディシェアリング”と呼称している。

▶ボディシェアリングの技術を使えば仮想空間内で自分の手先に止まった小鳥の、衝撃や重さを、再現して感じることができる

聞くところによると実は、我々の知らないところでさまざまなサービスとしてボディシェアリングはすでに実現しているとのこと。ということでH2Lへ、実際の開発状況やどのような利用法を想定しているのかについて、取材をさせていただいた。

そもそも“ボディシェアリング”の研究はどのような利用シーンを想定して始まったのだろうか。「弊社の代表である玉城の個人的な想いから始まっているのです」と、取材対応をしてくださった佐藤さんは詳細を教えてくださった。H2Lの代表取締役は、琉球大学工学部の教授も兼任されている玉城絵美氏。

玉城氏は10代の頃、持病で入退院を繰り返さざるを得なくなった経験をされていた。そのときに、部屋のなかでほとんどのことができることに気がつき、結構入院生活もいいもんだと思ってしまったらしい。

そこで玉城氏は、病室にいながらにして室外の体験をできないかと考えた。しかし、そのようなサービスがみつからないどころか基礎研究すらほぼない。玉城氏は、ないなら自分で作ろうと考え、室内で旅行を体験するための研究を始められたそうだ。

玉城氏が目をつけたのが、“固有感覚”だ。固有感覚とは、触角を感じる皮膚のさらに奥、筋肉や腱、関節など、身体の内部で受容する感覚のことで“深部感覚”とも呼ばれる。

具体的には、リンゴを手に持っている時のリンゴの重みの感覚(=重量覚)や、リンゴが存在することで手の握り込みを阻害される感覚(=抵抗覚)などの、身体の位置や動き、力の入れ具合に関与する感覚のことを指すそうだ。

この感覚を、電気で伝えることができればそこにリンゴが存在していなくても、リンゴを握っているような感覚を味わうことができる。

これをヘッドマウントディスプレイと組み合わせれば、室内にいながら屋外で体験をしている感覚を味わうことができるというのだ。こうした固有感覚をコントロールする研究は実を結び、H2Lで開発したシステムはすでに実用化が始まっている。

障がいや病気で思うように体が動かせなくなった人でも、遠隔地にあるロボットアームとボディシェアリングして、自分の手や腕の動きを伝えることでリアルな農作物収穫が行える「RaraaS(ララース)」。

ベッドの上でオールをこぐと、水の抵抗を感じながら遠隔操作で700㎞離れたところにあるカヤックを動かせる「遠隔操作カヤックロボット」。

脊髄損傷を初めとする神経障害による麻痺患者の手指にボ電気刺激を施し、リハビリテーションに活用するシステム、など、嘘のようなシステムがすでに商用化まであと少しというところまで来ている。

ボディシェアリングの課題

もっとも課題は大きい。「リアルタイムでの体験共有をする場合、通信量が膨大になります。弊社だけで解決できないため、NTTドコモ様と協業させていただき、5G、6Gにおける技術開発をしています。

現状は違和感なく感覚共有をできていますが、これが6Gになると人間の反応速度を超えた1,000分の1秒の遅延でデータ通信を行えるので、より違和感なく遠距離との感覚共有ができるようになるでしょう」と佐藤さん。となると続けて求められるのは高解像度なディスプレイ端末だろう。

「そうですね。弊社では既存のヘッドマウントディスプレイを利用した開発を進めておりますが、将来的にはもっと高性能なデバイスが求められていくと思います。それに追いついていけるよう固有感覚の入出力デバイス改良に取り組んでいます。

現在販売している筋変位センサーデバイス“FirstVR”は腕時計型です。巻きつけられる部分のデータしか入力できないため、身体のあらゆる部分のデータを取得できるようなデバイスの形を模索しています」

確かに指先や腕の感覚だけでなく、腰や背筋などの大きな筋肉まで正確に感覚共有できるようになると、より没入感の大きな体験ができそうだ。ところで、すでに検証段階に入っているH2Lのボディシェアリング技術だが、実際に我々の目に触れ、普通に体験できるようになるのは、どれくらい先のことなのだろう。

「“2029年までに、2020年の体験量の3倍”の実現を目標として、研究開発及び産業導入を進めています。

2023年からは内閣府が実施する国家プロジェクト『戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期/バーチャルエコノミー拡大に向けた基盤技術・ルールの整備』を受託しており、“体験共有を⽬的とした固有感覚データの⼊出⼒技術に関する研究とその応⽤”として、フィジカル空間とサイバー空間を接続する場としての“インターバース”においてボディシェアリングを活用しようと研究開発中です。

固有感覚の共有によってサイバー空間とフィジカル空間の体験共有の実用化を進めた産業構造構築を目指しています」

我々が思ったよりもはるかに早く、仮想世界やネットを通じた感覚の共有は実現されそうだ。

Column

「遠隔操作カヤックロボット」

700km離れた場所から沖縄のカヤックを運転する遠隔観光

ヘッドマウントディスプレイを装着して、ベンチでオールをこぐ姿は、一見滑稽にみえるが、体験者の両腕には実際にオールをこいでいるのと同じ、水圧が共有されている。ヘッドマウントディスプレイには沖縄の景色が映っており、耳には現地の水音が聞こえてきているため、そこにオールの抵抗が加われば極めてリアルなカヤック体験を都会の真ん中でも病室でも体験できる。この技術は、観光はもちろんだが、外で働くことが難しい方に外出体験をしてもらえるため、福祉の面でも期待される。

FirstVR

プロの運指も共有して体験できる

プロの演奏者や、スポーツ選手など一朝一夕では身に付けられない身体の動かし方を、ボディシェアリングの技術を使って体感することができるようになる。プロの技を身体に覚えこませるという意味でも面白い使い方だが、麻痺などで指先が動かなくなった人などに動かし方を思い出させるリハビリテーションの現場などでの活躍も期待されている。ちょっとした刺激をきっかけとして麻痺が治ったというケースはあるので、人工的に刺激を起こせるボディシェアリングは注目されている。


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