ゲームグラフィックのリアル化が止まらない。先日発表されたPlayStation5Proは従来モデルをはるかに凌駕するマシンパワーで、家庭用ゲーム体験のフェイズを一段あげてくれた。実はPlayStation5にはハプティックフィードバックという機能がコントローラーに搭載されている。
ゲーム内で操作するキャラクターが砂地でこければ砂に手をついたような感覚を感じ、銃のグリップを握れば本当にトリガーをひいたような重さを感じる。これらのシステムとヘッドマウントディスプレイが組み合わさった時の衝撃は、すさまじいものだ。
もしこの感動をメタバースのなかなどで、アバターと一体になって感じられるようになればどうなるのだろう。あるいはどうしても参加できなかった遠隔地の親戚の集まりに、参加しているような空気を体験できたら。
ボディシェリングをすることでネット世界の体験はどこまでも拡張する
人体が電気信号で動いているということは、一度は聞いたことがあるだろう。人間の感覚は、「視覚」「聴覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」の5つといわれており、これらに関係する器官が外部からの刺激を受けた時にスイッチが入って……という風に多くの人は理解しているはずだ。
実は最近の研究で、人間の感覚はそんな少数ではないことがわかってきている。感覚器官で受けた刺激は、電気信号に変換されて神経を通って脳に伝わる。
したがって、この電気信号に似た電気刺激を人体に与えてあげれば、理屈上、人間はその場に存在しないものでもあるかのように錯覚するし、その感覚をどこまでも広げていけるはずだ。
このように個人の体験、経験を拡張するためのシステムを研究開発している企業が、H2L株式会社だ。H2Lでは、独自の筋変位センサーで人の動作や感覚をデータ化することに成功した。
そしてこのデータを、バーチャルアバターや、ロボット、あるいは第三者へ伝えようとしているのだ。彼らはこの技術を“ボディシェアリング”と呼称している。
▶ボディシェアリングの技術を使えば仮想空間内で自分の手先に止まった小鳥の、衝撃や重さを、再現して感じることができる
聞くところによると実は、我々の知らないところでさまざまなサービスとしてボディシェアリングはすでに実現しているとのこと。ということでH2Lへ、実際の開発状況やどのような利用法を想定しているのかについて、取材をさせていただいた。
そもそも“ボディシェアリング”の研究はどのような利用シーンを想定して始まったのだろうか。「弊社の代表である玉城の個人的な想いから始まっているのです」と、取材対応をしてくださった佐藤さんは詳細を教えてくださった。H2Lの代表取締役は、琉球大学工学部の教授も兼任されている玉城絵美氏。
玉城氏は10代の頃、持病で入退院を繰り返さざるを得なくなった経験をされていた。そのときに、部屋のなかでほとんどのことができることに気がつき、結構入院生活もいいもんだと思ってしまったらしい。
そこで玉城氏は、病室にいながらにして室外の体験をできないかと考えた。しかし、そのようなサービスがみつからないどころか基礎研究すらほぼない。玉城氏は、ないなら自分で作ろうと考え、室内で旅行を体験するための研究を始められたそうだ。
玉城氏が目をつけたのが、“固有感覚”だ。固有感覚とは、触角を感じる皮膚のさらに奥、筋肉や腱、関節など、身体の内部で受容する感覚のことで“深部感覚”とも呼ばれる。
具体的には、リンゴを手に持っている時のリンゴの重みの感覚(=重量覚)や、リンゴが存在することで手の握り込みを阻害される感覚(=抵抗覚)などの、身体の位置や動き、力の入れ具合に関与する感覚のことを指すそうだ。
この感覚を、電気で伝えることができればそこにリンゴが存在していなくても、リンゴを握っているような感覚を味わうことができる。
これをヘッドマウントディスプレイと組み合わせれば、室内にいながら屋外で体験をしている感覚を味わうことができるというのだ。こうした固有感覚をコントロールする研究は実を結び、H2Lで開発したシステムはすでに実用化が始まっている。
障がいや病気で思うように体が動かせなくなった人でも、遠隔地にあるロボットアームとボディシェアリングして、自分の手や腕の動きを伝えることでリアルな農作物収穫が行える「RaraaS(ララース)」。
ベッドの上でオールをこぐと、水の抵抗を感じながら遠隔操作で700㎞離れたところにあるカヤックを動かせる「遠隔操作カヤックロボット」。
脊髄損傷を初めとする神経障害による麻痺患者の手指にボ電気刺激を施し、リハビリテーションに活用するシステム、など、嘘のようなシステムがすでに商用化まであと少しというところまで来ている。