さて、現代の銀行の話に戻る。銀行は顧客から預かった資金を第三者に融資するわけだが、100万円の融資を行ったとして、その分減った100万円を顧客の残高から差し引くことは行わない。これは、銀行が第三者にお金を貸すことによって、存在していない100万円の利潤を創りだしているということを意味する。
このような貸出から生まれる架空の経済効果を”信用創造“という。これが行えるのは、銀行が顧客に信頼されているからだ。銀行でこれだから国家が信用創造を行う金額ははるかに大きい。
人類が最初に築いた巨大な国家群のことを、世界四大文明という。だが、この規模の共同体になっても、人類はまだ貨幣を発明していない。当然だが国家となると、すべての国民と顔見知りというわけにはいかないため、ヤップ島のように口頭だけで決済を行うわけにはいかなくなった。
そこで人類は「借金を記録する手段」を求めた。まだ文字を持っていない人類が、債務を記録するのに用いたものが、メソポタミア文明の遺跡から大量に出土している。「トークン」と呼ばれている粘土製のフィギュアと「ブッラ」と呼ばれる粘土製のボールだ。
▶楔形文字が刻まれた粘土板(左)メソポタミア文明が使用したトークンとブッラ(右)
小麦を1kg借りる場合は、小麦袋の形をした「トークン」を1つ作り、これを借主は貸主にわたす。そして、公平で平等の象徴である神殿へむかい、神官と貸主の前で、「トークン」を「ブッラ」のなかに入れ封印し焼き固めた。返済日が来ると再び借主・貸主双方が神殿に集い、利息を含めた返済を行う。
きちんと返済されたら、ブッラとトークンはその場でたたき割られ、返済となった。このシステムはやがて、神殿に集められる税金の管理にも応用されていく。従来は国家による支出が発生した場合、その都度倉庫から倉庫へ小麦を動かすなどしていたが、トークンを使えば、トークンの移動だけで在庫管理が行えた。
こうしてフィギュアを使った帳簿システムができあがった。メソポタミア文明は四大文明のなかでも飛びぬけて農耕が発達していたが、これは在庫管理の帳簿ができあがっていたからと考えられている。いつの時代も、投資の選択と集中を効率よく行える地域は経済的に強くなる。
選択と集中により経済規模が大きくなると、商品の種類が増えトークンの種類も増えていった。いちいち壊すための粘土細工を作るなら、トークンの種類と数をあらわす印を定めて、そのまま粘土板に刻んでしまおうということになる。この記号を、我々は「楔形文字」と呼んでいる。
ちなみに楔形文字は、ほぼ完全に解読が終了している古代文字だ。メソポタミア文明の遺跡から出土する粘土板に書かれた文字を読み解くと、そのほとんどが、個人の借金の記録や取り立ての文言、金を返さないことへの苦情だそうだ。人類は貨幣が誕生する以前から借金に四苦八苦していた。
メソポタミア文明の位置
▶メソポタミア文明は1つの国家ではなく、チグリス川、ユーフラテス川流域に発展した複数の農業国家群のことを指す
こうして、借金の記録システムと文字が誕生したが、すると次なる問題が生じてくる。ちょっとした日常の決済を行う場合にも、粘土板に文字を記載しなければならないのか、神殿や王の前に行かなければならないのかということだ。
文字を使いこなすにはそれなりの勉強も必要となる。そこで、国家が考案したのが、硬貨などの貨幣システムである。国家が検分を行った貴金属、あるいは穀物などの価値を認めやすい何かなら、共同体内に所属する民間人同士での貸し借りに自由に用いてよいとしたのである。
これが、我々がよくみる硬貨や紙幣などの貨幣である。つまり貨幣とは、自分が所属する共同体内で、知らない者同士での借金を手早く記録するシステムとして誕生したものなのである。