コールドスリープ装置からの覚醒というとSF物語の定番シーン。我々は、恒星間旅行をする場合には、コールドスリープ装置がなければならないという妙な確信すら持っている。だが冷静に考えるとこれはおかしい。雪山で体温がさがり低体温症に陥った人間は、眠気に襲われて死んでしまうのでは?
このようなことを考えていたところ、“人間を人工的に冬眠させる技術”を研究している機関が、日本にあるという情報をキャッチした。
本来冬眠しないマウスを人工的に冬眠に近い状態へもっていくことに成功したというのである。さっそくこの研究を行っている、理化学研究所生命機能科学研究センター冬眠生物学研究チームの砂川玄志郎博士に連絡をとってみることにした。
まずは、定義の話から。コールドスリープ(睡眠)と我々は呼んでいるが、“睡眠”と博士の研究されている“冬眠”に、差はあるのだろうか。
「冬眠と睡眠は、実はまったく異なる生理現象です。睡眠は、脳の活動を調整し、記憶の整理や回復を行う生理的な休息状態です。通常、睡眠中でも体温は維持され、エネルギー消費も大幅には低下しません。一方冬眠は、全身のエネルギー消費を劇的におさえる機能です。
厳しい環境下を過ごす生物が、代謝を大幅に低下させることで生存する。体温も環境に応じて低下します。冬眠動物は、冬の間ほとんど食べずに長期間を過ごしますが、それは体がエネルギー消費を極限までおさえているためです。脳の活動も大幅に低下し、心拍や呼吸も極端に遅くなります。
睡眠とは異なり目覚めるのにも時間がかかり、外部からの刺激だけではすぐに覚醒できません。“冬眠” は生命を長期間維持するための特別な状態なんです」
PCにたとえると、睡眠がデフラグ中の状態で、冬眠が省エネスリープモードということのようだ。しかし、本来人間は冬眠をしない。なぜ博士はヒトも冬眠できるという発想に至ったのだろう。
「きっかけは“冬眠できるサル” の研究を知ったことでした。霊長類であるサルが冬眠できるなら、人間も冬眠できる可能性があるのではないかと直感的に思ったんです。もし人間が同様の機能を利用できるようになれば、医学や宇宙探査の分野で画期的な進展があると夢が膨らみました」
砂川博士に影響を与えた冬眠するサルこと「フトオコビトキツネザル」。アフリカ東部に浮かぶ島国マダガスカルの固有種だが、この島は1年中温暖な気候であり、本来冬眠の必要はない。代謝をコントロールすれば、重篤な病気の患者の状態が悪化するスピードを遅らせたり、それこそ長期間の宇宙旅行を可能にしたりする未来が訪れると博士は語る。
冬眠については、哺乳類のなかで冬眠できる種とできない種がいる理由、冬眠をするための仕組みの詳細など未解明の部分が数多く残っており、こうした生命の根本的な謎自体も、非常に魅力的だと博士は付け加えた。
ところで、医学の進歩については疑問も残る。すでに代謝を落とし治療を施す技術としては麻酔がある。あえて、冬眠を選ぶメリットはどこにあるのだろうか。
「どちらも“意識が低下する状態”ですが、代謝の制御という点で根本的に異なります。麻酔が作用するのは脳ですので、意識以外に脳のさまざまな機能を抑制してしまいます。全身麻酔をかけると、意識や痛覚はなくなりますが、そのまま放置すると、ほかの身体機能制御もできなくなっていきます。
代謝がさがり、体温や血圧も低下。患者は危険にさらされます。一方冬眠では、意識は失われていますが、脳のすべての機能が抑制されるわけではありません。制御された低代謝状態ですので、特別なサポートなしでも維持できます。
もともと冬眠は長期間の生命維持を可能にする制御された低代謝状態ですので、覚醒のために、薬剤や刺激を用いる必要もありません。医療や宇宙探査に応用する場合、冬眠の方がより持続的で低リスクとなる可能性が高いのです」