親の遺した資産に課税の波——知らぬ間に負担増、相続税の落とし穴

2025/09/30 10:00
Iolite 編集部
文:Noriaki Yagi
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親の遺した資産に課税の波——知らぬ間に負担増、相続税の落とし穴

想定外の課税で目減りする資産

暗号資産は「消えるリスク」だけでなく「課税のリスク」も潜む。相続時の評価額や価格変動による二重課税問題が、残された家族の負担を増大させる。新時代の資産防衛術には、税務上の備えが不可欠だ。


ある日突然、家族の長が亡くなり、残されたビットコインが莫大な価値を持っていることに気付いたとしよう。

相続人たちは高額な相続税の支払いに直面するが、相続開始、10ヵ月以後の相続税の納付期限には暗号資産の価格が急落しており、手元の資産では税金を賄いきれない。

暗号資産の相続では、価格変動によって評価額を上回る税負担という現実的なリスクが存在している。

国内の暗号資産保有者は500万人を超え、2025年7月時点で口座数は約1,274万件を突破した。

それにもかかわらず、多くの人はこのリスクへの備えを十分に講じていないのが実情がある。ここでは、暗号資産相続における日本の税務上のリスクとその対策について、専門性を保ちつつ平易に解説したい。

日本の相続税法では、現金・株式・不動産のみならず経済的価値のあるものはすべて相続財産となるため、暗号資産もれっきとした課税対象である。

評価は被相続人の死亡時点の時価によって行われ、たとえば死亡日に価格が暴騰して翌日に暴落しても、原則課税評価額は高騰時のままとなる。

上場株式には「死亡日を含む過去3ヵ月の平均株価のうち最低値を選択できる」特例があるが、暗号資産には現行適用されていない。

したがって、価格乱高下の局面でタイミングが悪いと、相続税評価額が実勢とかけ離れる恐れがある。

さらに見過ごせないのが「110%課税」の問題である。暗号資産を相続した後に売却すると、その譲渡益(値上がり益)に対して所得税・住民税(総合で最大55%)が課される。

ところが、暗号資産の場合、相続人が取得費(元の購入額)を引き継ぐ仕組みとなっており、被相続人がごく安値で取得していた場合は相続人に巨額の含み益が引き継がれる。

相続税(最大55%)と譲渡益課税(最大55%)が二重に課される結果、両者を合わせた税率が評価額の100%を超えてしまうケースも現実に起こり得るのだ。

Tax image1

実際、日経新聞の指摘によれば、死亡時評価額が数億円規模の場合に相続税と所得税を合計すると110%もの税負担が発生し、暗号資産を全て売却しても税金を払いきれない可能性がある。

このような事態を避けるには、生前に評価額の動向や取得価格を踏まえた納税計画を検討しておく必要がある。

申告漏れのリスクと秘密鍵問題

暗号資産の相続でもう1つ注意すべきは申告漏れである。近年の保有者急増に伴い、国税当局は暗号資産に関する申告漏れや過少申告の調査体制を強化している。

相続財産から暗号資産を意図的に除外すれば、後日発覚した際に重い加算税(無申告加算税や重加算税)を含む追徴課税を受ける可能性が高い。

悪質な隠ぺいとみなされれば、最大で本来の税額に加えて40%もの重加算税を課されるケースもあり得る。

たとえ故意でなくとも、暗号資産の存在に気付かず申告しなかった場合でも、ペナルティは免れられない。

税務署はブロックチェーン上の取引履歴や取引所からの情報提供により、申告漏れを把握できる体制を整えつつある。

2026年からはOECD(経済協力開発機構)主導のCARF(暗号資産報告フレームワーク)が導入され、非居住者の海外取引も各国税務当局への報告対象となる予定であり、海外に隠すことで逃れようとするのも困難になっていく見込みだ。

加えて、暗号資産特有の秘密鍵の問題が実務上の課題となる。暗号資産は実体のない電子データであり、紙の通帳や不動産のような目にみえる形で残らない。

このため、家族が故人の暗号資産の存在自体に気付かない可能性が高い。エアドロップ等のイレギュラーな暗号資産の受け取りも例外ではない。

複数の取引所に分散して保有していれば全体像はなお把握しにくく、仮に存在を知っていても、取引所のログインID・パスワードや二段階認証の解除コードが分からなければアクセスできない。

さらに、個人ウォレットに保管されていた場合は秘密鍵そのものが必要であり、故人のみが知る鍵が失われれば資産は永久に凍結されてしまう。

現に、著名な実業家が急逝し数百億円相当の暗号資産が承継不能になった例や、大手取引所の創設者が死亡して顧客資産が回収不能となった例も報告されている。

暗号資産の相続では、こうした技術的性質が原因で資産が宙に浮き、相続財産から漏れるリスクがほかの財産以上に高い。

海外取引所・DeFi資産の相続難

被相続人が暗号資産をどこで管理していたかも、相続手続の難易度に大きく影響する。

国内の登録済み暗号資産交換業者(取引所)に預けていた場合、各社で相続対応のマニュアルが整備されつつあり、必要書類を提出すれば名義変更や出金手続きが可能なケースが多い。

たとえば死亡診断書や戸籍謄本、相続関係説明図などを所定のフォームで提出することで、取引所が遺産としての暗号資産を引き渡してくれる。

しかし、海外の無登録業者の口座やセルフカストディ型ウォレット(自分で秘密鍵を管理するウォレット)に保有していた場合、手続きは一気に困難になる。

外国の取引所では相続手続きの問い合わせ自体が言語や法律の違いでスムーズに進まないことも多く、場合によっては裁判所を通じた手続きを要求されることもある。

DeFi(分散型金融)上の資産やNFTなどについては、そもそも管理者が存在しないため、秘密鍵を承継できなければ資産そのものが消滅してしまう。

故人がメタマスク等のウォレットで管理していたDeFiトークンやNFTは、アクセス手段が無ければ移転は不可能だ。

暗号資産の相続は、技術・制度・リテラシーの齟齬が絡み合うあらたな“社会的盲点”であり、従来の財産にはない障壁が存在しているといえる。

デジタル資産の税務に詳しい、たまらん坂税理士法人 坂本新税理士も
相続財産から暗号資産が漏れ、税務調査で指摘されれば修正申告を提出することになり、ペナルティとして加算税・延滞税まで賦課されます。生前から家族と暗号資産の情報共有をすることに加え、専門家に相談することが最大の備えです」と警鐘を鳴らす。

暗号資産の相続は、従来の相続にはない税務リスクと技術的問題が絡み合う複雑な領域である。

しかし同時に、誰にとっても無縁ではない現実の問題になりつつある。リスクを正しく認識し、今から備えを講じることが肝要だ。

具体的な対策としては、生前の情報整理と専門家との相談があげられる。

自身が保有する暗号資産の種類・数量・保管場所(取引所名やウォレットの詳細)をリスト化し、ログイン情報や秘密鍵の保管方法を信頼できる家族か専門家に伝えておくべきである。

必要に応じてマルチシグや信託の活用、先述の技術サービスの導入も検討しよう。

ただし技術ソリューションについては法的位置付けが不透明な部分も多いため、導入に際しては税理士や弁護士といった専門家に事前に相談すると安心だ。

税務面では、生前贈与や遺言信託など伝統的手法も組み合わせることで、課税額のコントロールや紛争予防が可能になる場合もある。

何より重要なのは、暗号資産の相続対策を「自分ごと」として捉え、早めに動くことである。

想定外の110%課税や資産消失に直面しないために、今この瞬間から備えを始めていただきたい。

暗号資産の相続は「消える資産」というリスクだけでなく、「デジタル資産への課税」という税務上のリスクも孕んでいる。日本国内の保有者はすでに500万人を超えるとされるが、相続税務を視野に入れた対策を講じる人はまだ少数だろう。

デジタル資産の相続を“自分ごと”として考え、相続人への情報共有と税務上のシミュレーションを行うことが、資産を守るための最初の一歩となるだろう。


文◉Noriaki Yagi

監修◉ 税理士 坂本 新 | Shin Sakamoto
たまらん坂税理士法人 代表税理士
国税専門官採用試験に合格、東京国税局に入局。 都内の税務署及び東京国税局・徴収部・総務部・査察部に勤務後、法務省大臣官房租税訟務課出向、税務訴訟の国側訴訟代理人などに従事。

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