サマリ
1.「Better Co-Being」──人・自然・社会が共鳴する未来像
宮田裕章氏は、医療・ウェルビーイング研究を基盤に、人だけでなく多様ないのちや環境との“共在”を描く概念「Better Co-Being」を提唱。大阪・関西万博では、体験データの可視化と共鳴を軸に、この未来像を実装した。
2. 分散型医療データ基盤とAIの融合が鍵
医療の未来には、データを動かさずAIモデルのみを共有する「連合学習」、個人が主体的に情報を管理する「SSI」「ZKP」、希少疾患研究を支える「合成データ」、テキスト・画像・ゲノムを統合する「マルチモーダルAI」などが不可欠と語る。ポイントは「信頼とAI」を両立するアーキテクチャ設計。
3. 未来を動かすのは「問いを立て、問いを開く力」
AIが分析を担う時代に、人間の価値は「何を目指すか」という問いを立てる力にあると強調。領域を越えた共創を通じ、違いへの敬意を起点に未来をつくることが重要だと述べる。

──データ駆動型の医療システムや社会的ウェルビーイングの向上など、社会変革につながるテーマを研究されてきました。改めて、現在特に注力されている研究テーマについてお聞かせください。
宮田裕章(以下、宮田):私が一貫して問い続けているのは、「より良い未来に、科学者としてどう貢献できるのか」です。その時々に出会う多様な人たちと共創しながら、その問いに対して最善を尽くしたいと考えています。
医学部に所属していることもあり、人間を起点にしつつ、人と人、人と世界、人と未来の関係性を捉え直す視点が根底にあります。
具体的には、医療システムそのものの設計や評価といった「仕組み」の研究と、「ウェルビーイング」という観点から、一人一人がその人らしく、自然に健康でいられる社会をどう実践として作るか、という2つのレイヤーがあります。
近年はそこからさらに発展して、「Better Co-Being」という視座を掲げるようになりました。人だけでなく、多様な命や無機物、地球環境との共在のなかで未来を考える枠組みです。
これは2025年の大阪・関西万博において、単なるスローガンに留まることなく、物理空間とデジタルを組み合わせた社会実験として実装に挑戦した、重要なテーマでもありました。
──万博におけるシグネチャーパビリオン「Better Co-Being」では「人と未来の共鳴」をテーマにしていましたが、一連のプロデュースの振り返りや、宮田さんご自身が得た学びなどがあればお聞かせください。
宮田:万博では、SANAAによるシグネチャーパビリオンだけでなく、その建築が溶け込む「静けさの森」を、藤本壮介さんとともに構想しました。
祝祭の場であるリングと、内省の場である森。この対照的な2つの空間の間に、さまざまな「未来の体験」を埋め込んでいきました。
また、万博全体の核となるテーマを横断する「テーマウィーク」にもコンセプトづくりからかかわり、beyond SDGsの1つの雛形を提示する試みでもありました。
もともと私は「五感で感じること」がとても重要だと考えています。だからこそ、壁も屋根もないパビリオンを構想しました。
実際に会期を通じて、インターネット中心の“視覚情報だけの世界”では得られない、異国のスパイスの香りや未知のリズム、湿度や風といった感覚のレイヤーが、人の思考や感情を深く動かすことをあらためて実感しました。
この物理的な体験とデジタルな「共鳴」をつなぐ装置として設計したのが、「Better Co-Beingアプリ」です。
森やパビリオンのなかで生まれた内省やインスピレーションを、その場でアプリに記録し、位置情報と結びつけて可視化・共有する仕組みでした。
単に来場者のフィードバックを集めるアンケートではなく、蓄積された体験データをAIで分析し、社会全体の「気づき」としてフィードバックする循環を作ること。
それこそが、「多様でありながら1つに響き合う未来」というコンセプトを、具体的なプロトタイプとして示す試みだったと思います。
万博を通して、多くの人が自分なりの未来の姿を感じ取り、次の一歩を考えてくれていたことには、深い感動を覚えました。

──来場者の方々がいらっしゃって初めて、1つの完成形になるということでしょうか。
宮田:そうですね。これまでは、ある種「共通の答えをみに行く」展示が多かったと思います。
一方でこれからは、一人一人の体験そのものがデータとなり、それが集まり、循環することで社会の「気づき」へと変わっていくプロセスが重要になります。
来場者一人一人が、自分にとっての未来を身体で感じ取り、それを日常に持ち帰って、それぞれの現場であたらしい未来を創っていく。
その小さな変化が森やリングを通じて立ち上がっていく感覚が、確かに共有されたと感じられたことに、強く心を動かされました。
──医療、行政、テクノロジー、ビジネスと、宮田さんは領域を横断したお仕事を数多くされています。分野の壁を越えて取り組む仕事の魅力と、一方で感じる難しさや葛藤があればお聞かせください。
宮田:万博でいえば、研究者として空間コンセプトやテーマウィークを構想するだけでなく、「静けさの森」のキュレーションや、自身が参加するアートコレクティブEiMとしての作品制作まで携わりました。
ただ、自分のなかでは「壁を越えている」という感覚はあまりなく、「より良い未来のあり方について何を伝えるべきか」という、1つの問いに対して異なる手段を選び続けている感覚に近いです。
静けさの森のキュレーションは、長谷川祐子さんとともに進めましたが、そこで目指したのは「答えを示すオブジェクト」を置くことではありませんでした。
多様な生態系を持つ森とアートが共鳴することで、「問いがひらかれていく空間」を作りたかったのです。
これは、テーマウィークという万博全体の問いと連動しており、ごく自然な流れでもありました。ここでいう「問いをひらく」とは、単に作品が鑑賞者にメッセージを投げかけることではなく、参加者の体験全体をデザインする「アーキテクチャ」の問題です。
物理的な場で生まれた違和感や気づきを、アプリなどを通じてデータとして記録し、分析し、社会にフィードバックしていく。その循環のループまで含めて、「問いを社会に開く」ことだと考えています。
beyond SDGsを扱った展示では、EiMとして複雑で不確実性の高い条件のなかで作品を制作しましたが、そこでも根底にあるのは同じです。
Better Co-Beingという実践が、ある時は学問や政策として、ある時は空間作りやアートとして、またある時はあたらしい学びの場として立ち上がる。
外からは多様な領域を行き来しているようにみえても、私のなかでは1つの連続したテーマの異なる表現にすぎないのだと思います。