1992年に西日本初の写真専門美術館として開かれ、写真家・入江泰吉による写真作品の保存や研究を行ってきた奈良市写真美術館は近年、若年層を対象にしたNFT・メタバース関連企画で注目を集めている。
奈良県奈良市、高畑町にある「入江泰吉記念奈良市写真美術館」は、1992年に西日本初の写真専門の公立美術館としてオープンした。奈良大和路の風景や文化財を撮り続けた写真家、入江泰吉の作品を中心に現在まで展示と保存、そして研究活動を行い続けている。
入江泰吉は1905年に奈良市に生まれた写真家。文楽人形を撮影した「春の文楽」で世界移動写真展一等賞を受賞し、文楽の写真家として活躍したことで知られている。
この奈良市写真美術館は、通常の写真展示だけではなく、NFTやメタバースに関連した企画も近年精力的に行っている。
NFT美術館
「MANA Nara City Museum of Photography」
2022年にはメタバース上で作品鑑賞が可能なNFT美術館「MANA Nara City Museum of Photography」をあらたにオープン。これは日本の写真美術館としては初の試みで、公立美術館としても比較的珍しい挑戦的な企画だ。
また同館では並行して、8万点以上もある入江泰吉作品のデジタル化、そしてNFT化を進めており、デジタ ル資産上での権利証明も付加するプロジェクトを進めている。2022年11月から2023年1月にかけては、メタバースNFT美術館上で入江泰吉写真展「古都奈良——春夏秋冬」を開催。膨大な入江作品のなかから厳選した20数点を展示した。
この展示に先立ち、同館は関連企画として奈良県の智弁学園高校写真部とのワークショップ形式の展示をメタバースNFT美術館上で開催。この展示では高校野球をテーマに職員のアドバイスを受けながら高校生たちが仮想空間上での展示を完成させていったという。
この「古都奈良——春夏秋冬」と関連企画は仮想空間メタバース上のブロックチェーンプロジェクト「Decentraland」上にて開催された。
Decent raland上の美術館は3Dモデリングで作成されているため、建て替えも簡単に行える。今後は建築やプログラミングに興味のある学生とのコラボレーションなども検討しているという。
これまではPCでのみ入場できる形だったが、2023年3月には、あらたにスマートフォンからメタバースNFT美術館にアクセスできる取り組みを開始。利用者は美術館のウェブサイトから仮想空間の展示スペースへと気軽にアクセスできるようになった。
館内を自由に動き回って作品を鑑賞できるほか、気になる作品については職員による解説を動画でみることもできる。
こうした試みは、デジタルネイティブの世代である若年層に、少しでも写真やアートに触れてもらいたいという思いから始められたもの。メタバースでまず作品に親しんでもらい、やがて若い世代が実際の美術家にも足を運ぶようになってほしいとのことだ。
▶︎入江泰吉記念奈良市写真美術館の建物は黒川紀章による設計。アクセスはJR奈良駅、近鉄奈良駅からバスに乗って行く形になる。
▶︎名称もまだ定まっていなかった、プロトタイプ状態の頃のメタバース美術館。現実の美術館の面影を感じる作りになっている。
限界集落が伝統文化を活用し
世界を相手に仕掛ける地方創生
豪雪、震災、高齢化という厳しい条件下にある山古志地域が新潟県長岡市をパートナーに、世界初の自治体公認プロジェクトとして伝統文化である「錦鯉」モチーフの電子住民用NFTを発行。
新潟県長岡市の山古志地域(旧山古志村)は山間部ならではの起伏の激しい地形に加え、冬季には4mもの積雪になる中越地方の豪雪地帯だ。
1956年に種苧原村、太田村、竹沢村、東竹沢村という4つの村が合併し山古志村が発足。2004年には新潟中越地震が起き、一時は全村避難になるなど、壊滅的な被害も被った。
この震災の後に長岡市に合併される形となり現在は「長岡市山古志地域」となっている。17年前の震災当時には2,200人いた地域住民も、現在では約800人、加えて高齢化も進んでおり、地域自体が消滅の危機にある「限界集落」でもある。
一方で山古志は数多くの歴史的文化遺産を受け継ぎ続けている地としても知られている。代表的なのは丘陵地に広がる「棚田」の風景。加えて国の重要無形民俗文化財にもなっている、「牛の角突き」という千年もの歴史を持つといわれる闘牛などだ。
そんな山古志の文化遺産の1つに「錦鯉」がある。知らない人も多いかも知れないが、山古志は「錦鯉発祥の地」なのである。古くから豪雪地帯だった山古志では、冬には交通が閉ざされ、地域の外に出ることが難しいことも多かった。
そこで冬場のタンパク源として真鯉の飼育を始めたのが発端だ。棚田ならぬ「棚池」で鯉を養殖していると、ある日突然変異で赤い模様のある鯉が生まれていた。人々はこれを「色鯉」と呼び大事に育て、交配を続けるうちに「泳ぐ宝石」と呼ばれる錦鯉が誕生したのである。
錦鯉の歴史を受け継ぐ
「Colored Carp Nishikigoi NFT」
錦鯉の歴史を受け継ぎながらも、限界集落としての問題に直面していた山古志が、2021年からあらたに始めたプロジェクトが「Colored Carp Nishikigoi NFT」だ。これは錦鯉をシンボルにしたNFTアートであり、山古志地域の「電子住民票」も兼ねている。
この電子住民票は、実際の住民ではなくても、オンライン登録を行えば地域の一部サービスが受けられるというもの。NFTの販売益は山古志地域に必要なプロジェクトや課題解決を独自財源として活用される。
このNFTプロジェクトは、日本全体で人口減少が進むなか、定住人口に捕らわれて人口の奪い合いをするのではなく、グローバルを視野に入れた持続可能な「山古志」を目指す形でスタートしている。
山古志地域を存続させるためのアイデアや事業プランについてもデジタル住民専用のDiscordコミュニティで随時話し合いが行われており、将来的には電子住民票を持つ人限定のレジデンスなども建設予定。現在ではメタバース空間に構築された山古志地域でデジタル住民と交流できる「仮想山古志村プロジェクト」も動き出している。
▶︎購入したNFTは「電子住民票」になり、地域活性化プロジェクトへの参加やデジタル村民選挙投票などを行うことができる。
▶︎「Colored Carp Nishikigoi NFT」は、ウェブサイト経由で購入可能。限界集落ならではの、グローバルな視野を取り入れた戦略だ。
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