
──Netflix『新聞記者』の松田杏奈役。巨大な組織や忖度という「闇」のなかで、真実という「光」を求めて孤独に闘う姿は、メディアに携わる者として感銘を受けました。あの役を通じて感じた米倉さんにとってのジャーナリズムを教えてください。
米倉涼子(以下、米倉):私個人としてジャーナリズムを捉えるなら、それは「正しさ」や「真実」に対してどこまでも正直であること、だと思っています。
ただ、松田杏奈というキャラクターを通してみえてきたものは、少し違いました。彼女にとってのジャーナリズムとは、単に真実を突き止めること以上に、自分のなかで「問い続けることをやめない」という強い意志そのものだった気がします。
一つ一つの事象に対して、何が起きているのか。それは本当に正しいのか。彼女は、遺族の方々の想いに寄り添いながらも、決して思考をとめず、問い続けることを諦めない。その姿勢こそが、彼女なりのジャーナリズムの形だったのだと感じています。
──実際にその役を演じたことで、「問い続ける」という姿勢についても内面に変化や影響はありましたか?
米倉:作品に向き合う時、私は自分なりの「役作りという名のジャーナリズム」を持っていると思うんです。1つの役柄に対して「これが正解」というゴールはない世界ですが、だからこそ、常に探し続け、問い続ける。その意味では、100点がない世界で諦めずに追求する姿勢は、彼女(松田杏奈)と通ずるものがあるかもしれません。
ただ、私個人は本来、物事を「イエスかノーか」でハッキリさせたいタイプで。自分のなかに彼女のようなジャーナリズムがあるかといえば、少し違う気がします。
それでも、1つ共通点をみつけるとしたら「継続」でしょうか。私は幼い頃からバレエを続けてきましたが、練習を積み重ねることにこそ意味があると感じてきました。たとえ器用じゃなくても、継続の先には必ず結果がみえる。日々の食事が私たちを形作るように、日々欠かさない習慣が、やがて自分の血肉となり、形を作っていくと感じています。
だから、役作りにおいても常にあたらしい発見がありますし、「これでOK」と思った瞬間に、表現者としての成長は終わってしまう。その探求心だけは、ずっと持ち続けていたいですね。