メタバースやVRといった技術は、エンターテイメント産業だけではなく、人間の「ケア」にも大きな可能性を持つ。
——福祉・介護の分野とVR・メタバースという分野を組み合わせようと思ったきっかけについてお聞かせください。
登嶋健太(以下・登嶋):もともと、前職が福祉業界にいたことがきっかけです。施設では介護職とリハビリテーションの仕事、いわゆる『機能訓練指導員』として1人1人の高齢者の方、当事者の方と1対1で関わることが多くありました。
リハビリの意欲だったり、施設に休みなく来ていただくためのモチベーションを高めてもらうことを考え、最初は写真やビデオを使って昔の思い出の場所をみていただくという活動を1年程やっていました。
皆さん、懐かしい風景、自分がかつて経験した場所にもう一度行ってみたいという方が多くいらっしゃい ました。実際には身体的な問題で行くことがなかなかできないのですが、そこで代わりにメディアを使ってみたらどうだろうとプロジェクト草案を考えたのです。
活動を続けていくと、喜んでもらえる一方で、写真やビデオをみた時に、本人たちの思い出とのズレがあるんです。これは「記憶」と「体験」の違いだと思いました。
そこで「思い出の地」を360°アングルで撮影し、施設にいながらヘッドマウントディスプレイを使い、みる角度やアングルは視聴時に自分で視点を変えて映像を「体験」できる『VR旅行』というプロジェクトを2014年頃に始めました。
——高齢者の方のなかには、デジタルツールに抵抗感を持っている方もいらっしゃると思うのですが、そうした問題はありませんか。
登嶋:一般的に『高齢者の方はデジタルツールが苦手』と思われることが多いですよね。でも今の65歳以上の方たちはそもそもスマートフォンを持っていて、私はそこでゲームを楽しんでいる方を大勢みています。
加えて高齢者はテレビをよくみる世代であり、最近ではVRがテレビで紹介される機会も増えているので、その影響から抵抗感が少なくなっているという背景もあると思います。もちろん抵抗感がある方もいます。いきなりVRゴーグルを持っていって全員にやってもらうことは私もしません。
最初は積極的に興味を持ってくれた方に体験してもらい、その映像をミラーリングでテレビに流して、ほかの方に一歩引いた位置からみてもらうというような形から入ってもらうこともあります。
実際には、身体機能や気力が衰えて、自分の身体になだらかに制限がかかっていくことを実感している方や長く施設にいる方のなかには、外に出たい欲求を持っている方もいらっしゃいます。私たちはその気持ちを後押ししてあげたいと考えています。
デジタルツールは『その気持ちを叶えるツール』ということをお話ししていけば、ご理解いただけますね。まずはそうしたコミュニケーションから始めていきます。
1人1人の当事者と向き合う介護の中で生まれた「VR旅行」
——単純なVRだけではなく、メタバース関連のプロジェクトも行っているのでしょうか?
登嶋:研究室の方ではそれもやっています。VR旅行もアバターで複数人で行ったり、システムを作ったり。初期の頃は思い出の場所を自分が楽しむという『1人』の体験でしたけど、現在では誰かと一緒にVR空間を共有できる体験を研究しています。
VRが写真や映像と異なる大きな特徴は、自分の興味、関心にあわせて体を動かせるという点ですね。能動的に動いたフィードバックとして、会話量が増えるというデータもみられます。また人によって同じ360°の空間でも視線を向かわせるポイントが違うことがわかりました。
上向いてる人もいれば足元をみてる人もいる。何かを発見したら、みんなが同じようにそれをみてまた喋り出したりする。これはiPadなどで何かをみせたり、みんなでゲームするのとはまったく違って、能動的にコミュニケーションをしてくれるという形です。
固定のインターフェイスとは違い、個人が選択してそのなかから交流が生まれるみたいな方が自由がありますし、介護をする側も助かります。僕自身も一緒にVR旅行していると、現地に行った時のリアルの旅行では気付けなかったことを改めて皆さんにガイドしてもらう、みたいなこともあります。
——現在は「東京大学先端科学技術研究センター」に所属していらっしゃるとのことですが、研究室に所 属する経緯などを教えていただけますか。
登嶋:研究室では『VRが高齢者に与える心理的・身体的な影響』という研究を行っています。もともと、介護の現場で『VR旅行』を行っていたら、皆さんや施設の反応が思った以上に良かったんです。
それでクラウドファンディングで日本を縦断したり、世界中を周って当事者の方々の思い出の場所を360°カメラで撮影するというプロジェクトを行いました。そのうち『VR学会』という国内学会で話をしてほしい、という依頼をいただき、それが研究室に入るきっかけになりました。
研究もしているんですが立場的には職員として入っています。VRの技術自体は60年以上前から存在していますが、今はそのVR技術をどう社会実装していくか、というフェーズに分野全体としては入っている感じですね。
VR旅行をしてもらうなかで、エンターテイメントとして楽しんでいただけているという実感はすごくあり ます。しかし、福祉の領域においては、楽しいの向こう側に『何に効果があるか』が求められる部分があ ります。介護の現場は常に忙しいです。正式に採用されるためには、『効果』『成果』が示せると、使っていただけるペースに入っていきやすい。
今はVR旅行で『この人が楽しい気持ちになっているのはなぜか』や『何に反応してこの人は心や身体が動いたのか』というようなところを研究し、『効果』『成果』をまとめています。
現在すでにVRゴーグルの機能で、アイトラッキングや『どこを向いたか』のような定量的・定数的なデータも取れます。論文のなかでVRゴーグルを使うことで『首を動かす能力が向上する』『周りを注意深く見渡す能力が向上する』というところが証明されました。
これは現場でリハビリテーションをやっていた私からしてもとても重要なことです。『足や腕を上げましょう』というようなトレーニングやリハビリテーションはあるのですが、首を動かすメニューは実は少な いんです。
それを自然と誘発してリハビリにつなげられる、というところも面白いし役立つなと感じています。
——単純にコンテンツを楽しんでもらう、というだけではなく、リハビリやデータ収集にもVRが役立つということですね。
登嶋:データがとれるということは、よりその人にあわせた、需要に対する解像度の高いコンテンツを提供できることにもつながります。
現在は自分の経験をもとにコンテンツを現地で組み合わせて提供していますが、詳細なデータが集まれば、将来的にはその人に対して、より効果的なコンテンツの提供ができると、社会実装という部分においては感じています。
リハビリテーション・ツールとしても必要な介護状態の変化を知らせるモニタリング・ツールとしても役立つ
——そのほかにはどのようなプロジェクトを行っているのでしょうか。
登嶋:介護施設でやっている『アクティビティをVRに落とし込むリハビリテーション』の1つとして『VR吹き矢』をやっています。呼吸のリハビリに関しては、『吸って吐く』ような専用の道具しかないのですが、介護施設のアクティビティで行われている人気の高い吹き矢に注目しました。
スポーツ吹き矢やストローを改造して的に当てるものです。VRゴーグルをかぶり、呼吸の強さをマイクでセンシングし、首の角度を組み合わせてVR上の的に当てるというものです。VR旅行の場合は割と表面的な筋肉のトレーニングになるのですが、こちらは内臓のトレーニング効果も見込め、リハビリをVRで楽しくできることが目的です。
現在、Metaと行政と一緒に取り組んでいるプロジェクトでは、ポケモンGOを楽しんでいる高齢者の人たちに、VR用の映像素材を撮りに行ってもらう、というようなことをやっています。高齢者の方が街へ出歩くきっかけにもなりますし、社会貢献にもなります。
そしてその人たちが介護のサービスを利用される時には、自身が使えるコンテンツになる。将来的には『VRを撮影できる人』と『撮影したVRをみたい人』のマッチングをニーズにあわせて行うことも考えています。
最初は『誰かのため』に行っていたコンテンツ制作が、一種 の循環構造になります。VRやメタバースは技術方面が注目されがちですが、人同士の『つながり方』がやはり重要になってきます。
▶Related Other Project 1 「VR吹き矢」
「アクティビティをVRに落とし込 むリハビリテーション」の1つとして行われているプロジェクト。もともと介護施設で人気が高く、呼吸器官のトレーニングにもなるアクティビティ「吹き矢遊び」をVR化。呼吸の強さをマイクでセンシングし、それと首の角度を組み合わせてVR上の的に当てるというもの。「VR旅行」の場合は表面的な筋肉のトレーニングになるが、こちらは内臓器官のリハビリをVRで楽しく行える。
「自宅ケア」の必要性が将来的に高まるなかメタバース空間が高齢者・要介護者のあらたな「居場所」として加速する
——VR・メタバースの業界ではマネタイズが難しいというようなお話もよくうかがいます。将来的な展望も含めてその辺りはどうお考えでしょうか。
登嶋:介護・福祉の現場でいえば、実際にはまだ全然マネタイズのフェーズに入ってないですね。業界自体が基本的に介護保険で成り立っているので、外部からアクティビティを持ってくる場合も、多くは施設の実費という形になるんです。
ですから施設側が払うか、高齢者の方が自らお金を払ってそのイベ ントに参加するか、という状況になっています。一方で一口に『高齢者施設』といっても特別養護老人ホームやサービス付き高齢者住宅などさまざまあり、施設の内容は多岐にわたっています。
施設側も今後生き残っていくためには、独自性が必要になってきます。今後は多様なニーズを求める高齢者が要介護の層となります。作業の効率化だけではなくQOLを高めるデジタルの利活用が模索されています。
そうした状況のなかで私のプロジェクトはモデルケースとして各地に呼ばれています。3年に1回、介護保険の改定が必ずあり、2024年度がそれにあたります。今は介護施設に来てもらうという形が主ですけれども、次からはだんだん、在宅で住み続けられる高齢者を増やしていく方にシフトしていくと思われます。
そのような環境でもVRは持ち運びしやすいし、自宅でさまざまな体験やリハビリのプログラムを提供できるものだとは思っています。
加えてメタバース領域でいえば、自宅ケアが進んだ時、高齢者がより一層、人と関わるというところが難しくなっていき、孤立も進んでいくと予想しています。デジタルツールで集う場所のような分野は今後、必ず加速すると思います。
——VRやメタバースという分野は、一般的にはゲー ムやエンターテイメント方面での印象が強いと思います。福祉・介護分野との共通点、異なる点にはどのような部分があるとお考えですか。
登嶋:エンターテイメント分野にはあまり詳しくありませんが、基本的には共通している部分が大きいと思います。一方で福祉の場合だと、単純に手術や投薬で自分の身体を治して終わりということが少なく、どうしても長いスパンで当事者を支えていくという方向になります。
高齢になるほど身体にデバイスを付けていきますよね。眼鏡や杖もそうだし、ペースメーカーにおいては体のなかに入れてしまう。そのなかの1つとして外とつながる『デジタルの杖』みたいな形で、福祉・介護とVR技術の相性は良いと思います。
今は光学的な眼鏡ですが、今後グラスのカメラ越しの方が良くみえるというケースも出てくると思います。また、デジタルは情報を付け足したり減らしたりすることも可能です。現実とVR、AR含めて、グラデーションが作れるようになれば、エンタメ・福祉に限らず、自然と一般化していくんじゃないかなと思います。
これは先程のメタバースの文脈でもそうですが、リアルな空間での行動が制限、狭まってきている方にとっては、あたらしい居場所としてVR領域が今後発展していくだろうなと思います。リアルな空間でいえば、高齢者の場合はやはり老人会や公園などで同世代の人、決まったいつもあう人としか交われません。
でもメタバース空間であれば、年齢だけではなく国籍なども含めてさまざまな人が集うことができる。そうした自由度の高いプラットフォームに発展していくといいんじゃないかと感じていますね。もちろん、集ったなかの人やシステムがどういう「いごこちの良い」文化を作っていくかというのはまた別の話になっていくと思います。
▶Related Other Project 2 「VRを活用した未来の福祉プロジェクト」
Facebookを運営するMeta、そして行政と連携する形で行われているプロジェクト。「VR旅行」に使用する、VRコンテンツ撮影のワークショップを行い、まだ元気なシニア層に撮影をお願いする。このマッチングにより、元気な高齢者が街に出るきっかけになり、社会貢献の機会を得ることにもつながる。将来的には撮影者自身に介護サービスが必要になった時、「VR旅行」として自ら撮影した映像を振り返ることができるコンテンツにしていく予定。
Profile
◉登嶋 健太(Kenta Toshima)
東京大学先端科学技術研究センター稲見・門内研究室学術専門職員。2014年から介護施設で職員として勤務する傍ら、外出が難しい要介護者にVR回想旅行の提供を開始する。2018年4月から東京大学で高齢期の福祉を拡張するXRの研究に携わり社会実装に向けた取り組みを行う。
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