金融・経済

投資信託の重鎮 澤上篤人が語る 本当の長期投資とは——

2023/11/29Iolite 編集部
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投資信託の重鎮 澤上篤人が語る 本当の長期投資とは——

日本の長期投資の重鎮が警鐘を鳴らす 来たるべき大暴落と短期志向の投資、日本の投資界の今後

——投資信託の業界には、パンデミックや紛争等の地政学的要因の影響はありましたか?

澤上篤人(以下・澤上):基本的には何も変わらなかったといえます。日本の投資信託そのものは業界としては大きく、購入できる公募投信のファンド数は6,000本を超えています。

あくまでこれは日本の投信信託に関してですが、日本の投資信託業界では投信会社が販売のために投資信託を行っているので、乱暴ないい方をするとどこかでパンデミックが起こったり、どこかで紛争が起こってもほとんど関係ないのです。

——「販売のために投資信託を行う」とは具体的にどのようなことでしょうか?

澤上:「販売のための投資信託」とは、大手証券会社や銀行の手数料稼ぎの道具ということです。日本の多くの投信会社は大手証券会社や銀行の子会社です。そして、親会社である大手証券会社や銀行は長期運用よりも販売手数料で儲けたいと考えています。

このような状況になっている理由として、大手証券会社や銀行は手数料が主な収入源となっていることがあげられます。そうなると、顧客に頻繁に取引してもらう必要があります。

これを回転売買といいますが、顧客に頻繁に取引しても らうには新商品が必要です。そこで大手証券会社や銀行は子会社の投資信託会社にあたらしい投資信託を設定させ、それを売って手数料を稼いでいるというわけです。

——先ほど「あくまでこれは日本の投信信託に関して」とありましたが、このような状況は日本独特のものなのでしょうか。

澤上:そもそも投資信託という発想は一般生活者のために生まれたものです。その起源は19世紀ヨーロッパのナポレオン戦争の時代まで溯ります。

その昔、投資運用といえば資産家などの富裕層のものでした。戦争未亡人などが国から一時金を受け取り、運用しようにも少額の一時金では富裕層のように専門家に個別対応してもらえなかった。そこで自然発生的に生まれたのが投資信託という発想だといわれています。

しかし、先ほど説明した通り、日本ではその真逆、大手証券会社や銀行の手数料稼ぎとなってしまっているのです。

長期でやるべきことをやり 自然とあとからお金がついてくるのが本物の投資

「マーケットを相手にしない」というのは50年余りの経験と実績で磨き上げてきた持論

——株式市場では注目銘柄として「Web3.0」や「AI」といった新技術に関する銘柄がありますが、投資信託ではいかがでしょうか?

澤上:米国の株式市場では「ミスターマーケットとは仲良くするな」という格言が昔からあることはご存じですか?

これは「マーケットの価格変動を追いかけてはいけない」という意味ですが、日本の投信信託の現状が販売のための投資信託である以上、大手証券会社や銀行は話題を作らなければならない。話題があるということはそこにマーケットがあるということです。

——いわゆる流行りものには手を出さないというのが投資の心得の1つということでしょうか。

澤上:世の中の投資家には2種類いると思います。1つは長期の株式投資で運用収益を狙うもの。もう1つは瞬間の値動きを狙った、ディーリング運用をしているディーラーです。もちろん、私は長期投資家なので、前者ということになります。

手前味噌で申し訳ないですが、約24年前に私が創設したさわかみファンドは年6.1%の運用実績でまわっています(2023年11月現在)。大した数字にはみえないかもしれませんが、長期に渡るデフレ経済で低迷している日本で、これだ けの実績を残してきています。

本物の投資というのは一定の時間がかかるものです。長期的な視野でやるべきことをやり、やらなくていいことはやらずしていれば、自然とあとからお金がついてくるというのが本物の投資であると私は考えます。

マーケットを相手にしないというのは、投資信託の心得の1つというより、50年余りの経験と実績で磨き上げてきた私の持論ですね。

——先にお話ししていただいた「Web3.0」や「AI」といった新技術に関する商品もそういった一過性のものになる可能性がある?

澤上:そうですね。「Web3.0」や「AI」関連のものも今は旬かもしれませんが、すぐに下火にな る可能性もあります。マーケットは流行りものです。そして、流行りものを追いかけてあたらしいファンドがどんどんできます。

そういった流行りものを気にするよりも大きな問題として、投資家が気にしなければいけないことはいわゆる政府の「ゼロ金利」政策が終焉に向かっているということです。「ゼロ金利」政策が終わり金利が復活してくると多くの企業が消えてしまうでしょう。

——なぜ「ゼロ金利」政策が終わると、多くの 企業がなくなるのでしょうか?

澤上:現在は世界的にインフレ圧力が強くなり、金利も上昇しています。その一方で、国内の金融緩和政策は頭打ちなのは明らかです。こうなるといずれは日本のデフレも終わり、金利を上げざるを得なくなります。

ここまでゼロ金利に甘えてきている企業も少なくないので、金利が上がることでそういった企業が耐えきれなくなるでしょう。耐えられなくなった時には潰れるしかありません。

また、金融の世界では「アセットアロケーションの切り替え」という考えもあります。その考えに基づいても、これからは金利が上がっていく時期に来ていると思います。

投資運用の鉄則 アセットアロケーションの切り替えとは?

——「アセットアロケーションの切り替え」についてもう少し詳しく教えていただけますでしょうか。

澤上:金融の世界では景気の上下に照らし合わせて、ある程度の行動原理が働きます。景気が悪くなると企業の元気がなくなり、資金を借りようとする動きが鈍くなります。そうなると政府や中央銀行は低金利政策を導入して景気を上向かせようとします。

これがいわゆる家計から企業への所得移転です。この状況下で何をすればいいかというと株式投資です。低金利政策下では預貯金にお金を置いていても意味がありません。これが株式投資の時期といいます。

景気が上向いてくるとそれを先取りする形で株価が上昇します。景気の上昇とともに金利も上昇するので、ある程度金利が上がった時に保有株を売却します。現金化したら今度は預貯金に入れておくと、金利収入が得られます。これが現金運用で金利を稼ぐ時期です。

次に高金利が続くといずれ景気が失速していき不景気になります。金利が高い時は債券がどんどん売られているので安値で債券を購入します。これが債券の購入時期です。

景気が悪化しだすと政府や中央銀行が低金利政策を導入するので、債券の売却時期となり ます。金利と債券価格は反比例の関係にあるので、これは絶対です。

このように株式→現金→債 券→株式…と運用対象を変えることを「アセットアロケーションの切り替え」と呼び、投資運用の鉄則ともいわれています。

アセットアロケーションの切り替えは時間分散でもある

投資運用の鉄則ともいわれている金融の世界における行動原理を表したもの。長期投資においてはこの考えを遂行することが重要だという。

  1. 景気の大きなうねりを先取りする方向で資産配分を切り替えていく
  2. 不況時から景気が回復し、加熱気味となって来るまでは株式100%でいく
  3. 金利が相当に高くなってきたら、株式を売って利益確定し、預金運用で金利を稼ぐ
  4. 金利が失速に入ったら、預金を崩し債券投資にシフトする
  5. 金利低下から低金利政策が続く間では、債券の値上がり益を得ていく
  6. 相当に不況風が強くなった頃から、債券を売り、ボロボロに売られている株式を買いにいく
  7. この一連の「株式→現金→債券→株式」という資金配分の切り替えを、市況にあわせて繰り返す

——日本政府は国民に対して投資を奨励してい ますが、これについてはどのように考えていますか?

澤上:現在、日本政府は国をあげて「貯蓄から投資へ」と旗振りしていますが、これは確かに悪いことではないと思っています。

かつて老後資金の柱だった預貯金の利子が安く、ほとんど増えないといっていいほどなので、預貯金に回す資金があるなら、投資に回すという考えは至極まっとうな考え方だと思います。実のところ、預貯金の利子に関しては1990年代半ば頃よりガタ落ちでした。

つまり、本当のところは30年も前より投資が必要な状態だったといえます。

——一般的に投資信託というと株式投資よりも複雑な面もあるという印象がありますが。

澤上:1980年代のサラリーマンに投資という言葉を投げかけると「きっとあれはギャンブルが好きな人がやるものだ」というニュアンスのことをいうでしょう。これは1980年代はバブル景気の影響もあって、サラリーマンは投資をする必要がなかったためです。

預貯金も期待できない、年金にも不安がある、日本経済も良くならない、給料も上がらないとなったら、資産形成には投資しかないということに世の中的になってきたのです。

正直申しあげると、投資運用ビジネスに50年携わってきた私としても、投資に対する印象の変化には驚いています。私はもともと投資信託は株式投資よりも簡単 で、投資信託こそ投資の初歩と考えていたわけですから。

話を戻しますと、投資信託は株式投資より難しいという印象は、欧米に比べて日本では投資で成功したという“身近な”実例が少ないということが関係していると思っております。

——成功事例が少ない要因はなぜですか?

澤上:少し古い話になりますが、昭和の時代、証券会社は回転売買を営業の柱としていました。そのため、証券会社の社員の多くはノルマを課せられ、ノルマ達成のためにあたらしい商品を売り込みます。

一方の顧客の方はというと、そのような営業マンに進められるがまま株式や投資信託を購入して次から次へと乗り換えさせられるんです。当然、顧客からすると乗り換えるたびに手数料を取られるので儲かりません。儲かるのは証券会社や銀行だけ。実際の投資家は儲からないことも要因ではないでしょうか。

投資の基本はいつの時代も安く買って高く売ること

——来年より新NISAの運用が開始されるなど、これから投資する人が増えていくことが予想されますが、注意すべきポイントなどありますか?

澤上:これから投資を始める人に一番伝えたいのは、慌てず焦らずゆっくり始めた方がいいということです。先進国を中心にやってきた、ゼロ金利にしお金をばらまけば経済は成長するという方向性が、間違いだったというのは、経済が成長していないことからも明らかです。

一部の人が儲かり、低所得者が増えただけです。それどころか世界的なインフレ圧力でいずれ金利を上げざるを得ない状況となります。そこに日本の投資信託会社の実情を踏まえた場合、「ゼロ金利」時代の株高に乗っかってきた運用商品はガタガタの成績になるというのが私の予想です。

多くの投信ファンドが大崩れした後でも必ず生き残るファンドがみつかります。その段階でゆっくり新NISAを始めましょうというのがアドバイスです。

——澤上さんがおっしゃる近い将来に来るであろう大きなマーケット暴落状況というのは過去にありましたでしょうか。

澤上:リーマンショックが100年に1度の危機といわれましたが、私はこの業界に50年おりますので、たとえば、1987年10月に起きたブラックマンデーの時は酷い状況でしたし、その前のオイルショックの時はもっと酷くて、米国経済が公式に経済回復を宣言したのが1992年の8月でしたから、19年もかかっています。

金利を上げざるを得ない状況になった時に恐らくはこれに近い状況になるのではないかと思っています。

——もしそのような状況になった時に大事なことはなんですか?

澤上:大事なことは株が暴落しても人々は生きていかないといけないわけです。人々の生活はなくなりません。株が暴落して影響があるのは金融緩和バブルに乗っかってきた投資家です。つまり、何十倍に膨れ上がった金融経済は破綻するけど、実体経済は何が起きても続くんです。

私が長い経験で培った本当の投資とは、実体経済をベースに丁寧な投資をするということです。投資は良いことだと思いますし、政府が投資を奨励するのも反対ではありません。でも、今はそのタイミングではないよと伝えたいですね。

——つまり、実体経済に根ざした長期投資を行うということですね。

澤上:アセットアロケーションの切り替えで説明した通りです。景気や金利動向を先取りして投資対象を変えるということは、時間分散でもあることから長期投資においては合理的な行動原理となります。非常に近い将来に世界の金融緩和バブルで踊ってきた投資信託ファンドの多くはなくなるでしょう。

その時から投資を始めても遅くはありません。投資の基本はいつの時代も安く買って高く売ることなんです。今は何も急ぐタイミングではないと思っています。


Book Review

『これが投資のスタンダード 20代・30代 必読!! インフレ時代を生き抜く長期投資メンタル』

老後不安で投資を始めたものの失敗する人は少なくない。資産形成に必要なのは「長期投資メンタル」。正しい理解と身につけ方を日本の長期投資のカリスマ、澤上篤人氏がわかりやすく伝える。

澤上篤人 (著) 河出書房新社 (2023/9/21)

『本物の長期投資でいこう!40年に一度の大チャンスがやってくる』

さわかみファンド創業者・澤上篤人氏と複眼経済塾の渡部清二氏の対談本。投資界の実力者2人が来るべき大暴落、個別株投資、長期投資、日本国債の暴落などに関して激論を交わす。

澤上篤人 (著)、渡部清二 (著) かや書房 (2023/2/27)


Profile

澤上 篤人(Atsuto Sawakami)
さわかみホールディングス代表取締役、さわかみ投信創業者。1971年〜1974年までスイス・キャピタル・インターナショナルにてアナリスト兼ファンドアドバイザー。1979年〜1996年までピクテ・ジャパン代表を務めたのち、1996年にさわかみ投資顧問(現さわかみ投信)を設立。純資産は約3,500億円、顧客数は11万7,000人を超え、日本における長期投資のパイオニアとして支持を集めている。


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