——現在の世界情勢や金融情勢等を踏まえて、今後の暗号資産市場の動向をどのようにお考えでしょうか?
松田康生 ( 以下、松田 ):ビットコインに限らずマーケットにおける価格変動の要因となるのは需給バランスです。
ビットコインでいえばすでに発行枚数は2,100万枚と決まっていて、来年には半減期を迎えて発行スピードが半分になります。
私個人としては、供給面を踏まえてこれから来年3月から4月にかけて4〜5万ドルほどまで上昇するとみています。現在価格(11月1日時点)でみると2割から5割ほど上昇するイメージですね。
需要面でみるとビットコインのマーケットは、現状FRB(米連邦準備制度理事会)の金融政策に左右されます。
なぜFRBの金融政策が重要になるかというと、新型コロナによる史上最大の財政出動及び金融緩和が関係してきます。
ビットコインが最高値を更新したのは2021年で、米国でヘッジファンドを中心に機関投資家のマネーが流入したことが最大の要因ですが、2020年4月頃の時点でこの史上最大の金融緩和(米ドルの増刷)によってインフレが訪れるという観測は強まっていました。
そうしたなか、一部の投資家たちはヘッジ手段を考える過程でビットコインに資金を投じました。しかし2021年11月、ビットコインは最高値を付けた後に下落していきます。
この時期にちょうどテーパリング、すなわち過度の金融緩和の修正が始まったからです。
その後、幾多にわたり利上げが行われてきましたが、11月には2会合連続での金利据え置きが決まり、利上げ停止観測が強まっています。
これがビットコイン価格を押し上げている要因の1つといえます。過去30年でみると最後の利上げが行われてから平均で約9ヵ月後に利下げが行われています。
そう考えると、2023年7月が最後の利上げだと仮定した場合、2024年4月には利下げに転じる可能性があります。ビットコインの相場も次に利下げが行われるタイミングでもう一段上昇すると考えています。
ビットコインは今後4〜5万ドルまで上昇か?2024年は世界的な大不況が訪れる可能性も
FRBの金融政策動向からみるBTC相場
出典:Bloombergより楽天ウォレット作成
相場を追う上で重要な2つのポイントを抑える
——2024年の暗号資産市場をみていく上で何かポイントはありますか?
松田:ポイントとしては2つあります。1つは米大統領選です。米国では民主党と共和党の党派対立を背景に、暗号資産規制の整備が遅れています。当局はインターネットどころかコンピューターもなかった、1930年代の法律と1946年の判例に沿って判断をしていくしかありません。
そうした状況で行政の裁量で強権的な刑罰を適用することは慎重に行うべきという考え方もあって、SEC(米証券取引委員会)のゲンスラー委員長も2023年11月まではそうしたスタンスでした。しかしFTXの破綻以降、ゲンスラー委員長の態度は急変しています。
あらかじめ明確なルー ルを示さないまま暗号資産関連業者を提訴する「執行による規制」と呼ばれる強権的な姿勢を強め、暗号資産推進派の共和党議員などから批判を受けています。その背景には、暗号資産否定派のエリザベス・ウォーレン上院議員ら民主党左派の意向があったと指摘されています。
こうした事情も踏まえると、もし来年の選挙で共和党が多数派を占めれば、ゲンスラー委員長も解任される可能性が高まりますので、マーケットにはポジティブに働くと考えています。一方、民主党が多数派を占めればゲンスラー委員長も続投すると思いますが、党内情勢によって状況が変わりますので、政界の動向は注視すべきでしょう。
2つ目のポイントは中東情勢です。
もともとビットコインは戦争などのリスクイベントには弱い性質があります。基本的に投資家は有事の際リスク量を小さくしようとし、価格変動の激しい資産の保有割合を減らすからです。しかし今回の中東情勢を巡っては、本来リスク回避から買われるべき米国債が不安定なこともあり状況が違います。
さらに“安全資産”とも称されていた日本円も円安が進み先行き不透明です。安全資産という側面では金(ゴールド)が代表格ですが、ボラティリティが低くヘッジとして保有するには効率が悪いというデメリットがあります。
こうしたなか、ブラックロックのラリー・フィンクCEOが述べるように、ビットコインへの投資は「質への逃避」であるという考え方が広まりつつあります。半減期による供給減の影響で私個人としては2025年にビットコイン価格がピークを迎えるとみています。
しかし、中東情勢や選挙の情勢が不透明であるため、2025年に向けた上昇が2024年中に起こるのか、それとも2025年中となるのかは蓋を開けてみないとわかりません。
ビットコイン相場の肝は「3〜4月」
——ビットコインの半減期が終わった後はどのような価格推移を想定していますか?
松田:半減期の後、期待感で買われた分のセル・ザ・ファクト(事実売り)が出る傾向にあります。また、半減期が訪れることでマイニングを行うマイナーの収益も半分になりますので、採算があわなくなったマイナーの投げ売りなども発生しがちです。
ですので、半減期が訪れた後、半年〜1年ほどは低迷する傾向があります。今回も半減期を迎える3〜4月前後に価格は一旦ピークを迎え、その後売られる可能性があります。供給減が効き始めて本格的に価格が上昇するのは2025年だとみています。
BTC半減期毎の価格イメージ
- 半減期より半年から1年はマイナーの採算が悪化し低迷
- 半減期より1年から1年半後、供給減が効きピークをつける
- その後失速、半減期から2年~2年半後にボトムを付ける
- ボトムから次の半減期まではじりじり上昇(⇐今ココ?)
米国で強まるビットコイン現物ETF承認観測
今後の展開・影響は?
——現在、米国でビットコイン現物ETFの承認観測が強まっていますが、今後どのような展開・影響が考えられるでしょうか?
松田:過去を振り返ると、現在の状況は金の時と似ています。2004年に米国で登場した金のETFは当時画期的なものとして重宝されました。
たとえば株を50%、債権を50%といった分散投資をしている機関投資家にとって、金の現物(延べ棒)を購入して金庫に保管するというのは手間がかかりすぎて現実的ではありませんでした。しかし、それが ETF になると証券口座を通じて買えるようになり、分散投資の選択肢となりました。
ビットコインでも同じことが起こると考えられていますので、実現すればアセットとしてももう一皮むけるだろうという期待がかかっているわけです。
先ほど、2020年から2021年にかけて機関投資家がビットコインを買い出したとお話ししましたが、実際に動いているのはヘッジファンドやファミリービジネスなどといった、自らの保有資金を動かしやすい投資家たちなんですね。
これに対して年金や保険、投資信託など、人のお金を預かって運用する人たちにとって、ビットコインはまだ保管に手間がかかりすぎて買えないのです。
ビットコイン現物ETFが実現することにより、こうした投資家たちが触れやすくなり、従来のヘッジファンド中心であったマーケットに変化が訪れる可能性があります。とはいえ、皆さん誤解しがちですが、“ビットコイン現物ETFの承認”が“ビットコインを買う理由”にはならず、あくまでも”買いやすくなるだけ“ということを履き違えてはいけません。
また期待先行で買われている分、ビットコイン現物ETFが承認された際もセル・ザ・ファクトは発生するでしょう。ビットコイン先物ETFや金のETFが承認された時にも同じ動きがみられました。今年から来年にかけてビットコイン現物ETFはおそらく承認されるでしょうが、取引が開始された後は要注意となります。
——ビットコイン現物ETFの承認可否などを巡り、暗号資産の運用方法やポートフォリオの組み方に迷われる方もいらっしゃるかと思いますが、松田さんであればどのような運用を心がけますか?
松田:そもそも、ビットコインが買われる最大の理由は、“法定通貨への不信”であると私自身は考えているんですね。
たとえば、日本円もこの10年間で通貨の発行量自体は約7倍に増えています。となると円の価値も1/7になってドル円相場も1ドル=700円くらいになっていてもおかしくないわけです。ところがなぜこれが起きていないかというと、ドルの発行量も同期間で6倍ほどに増えているからなんです。
かのポール・チューダー氏も、有事の際のことを考え「資産の数%をビットコインで保有してもいいのではないか」と話していますし、ポートフォリオの“スパイス”のような形でビットコインを保有するという考え方が良いのではないでしょうか。
運用でいうと、もし暗号資産が大好きでいろいろな銘柄を保有したいというのであれば保有銘柄数を増やすのはいいかと思います。
ただ、株や債券など資産運用におけるアロケーションの一部に組み入れることを考えるのであれば、基本的にはビットコインのみ、あるいはイーサ リアムを追加する程度の方が私は良いのではないかと思います。
為替や株などさまざまなものに投資をしている上で、ビットコイン、イーサリアム以外のマーケットも追っていくというのは大変だと思います。
日米ベースマネー比較
出典:Bloombergより楽天ウォレット作成
地政学リスクの上昇と世界経済に注目
加速する“米ドル離れ”がビットコインの需要増につながる
——伝統的な既存金融ですと、2024年に注視すべき領域はありますか?
松田:一言でいえば法定通貨に関する信頼で、特に加速する“米ドル離れ”ですね。
ロシアや中国などで構成される「BRICS」という枠組みがあり、加盟国間の貿易決済をドルではなく自国通貨にしていくことで合意されています。さらに、来年1月1日付けでサウジアラビアなどあらたに6ヵ国がこの枠組みに参加します。
そうなるとロシア・サウジアラビア・UAE・イランといった産油大国と中国・インド・ブラジルといった輸入大国との原油取引がドルで決済されなくなる可能性があります。同じような動きは「ASEAN」でもみられていて域内でのドル建てでの取引を取りやめるよう首脳会議で推奨されています。
こうした動きが加速すると、外貨準備においても米国債の保有をやめようとなりかねません。現在、米国債が売られている背景に中国の保有額を減らしていることは広く知られています。
ですので、一部準備資産としてビットコインを保有しようという動きは出てくるかもしれませんし、それ以前にそうした国の大富豪が資産をドルからシフトする受け皿としての需要は2024年以降さらに強まると思います。
——2023年にはAIが大きな話題となりましたが、2024年はどのようなトレンドが生まれ、それがどのように暗号資産市場に影響をもたらすと思いますか?
松田:トークンエコノミー関連で進展がみられるのではないかと考えています。
現在ですと特にRWA(リアルワールドアセット:現実資産)トークンへの関心が高まっていますので、注目すべき領域といえるでしょう。モノをトークン化して売買するというマーケットは今後成長していくと思います。普及が進めば進むほどビットコインの決済需要も増えていくでしょう。
一方、2024年は伝統的な金融業界において「〇〇ショック」のような大きな事件が起きる懸念もあります。
現在の状況は2007年に雰囲気が似ていて、今後不況が到来する可能性が十分考えられます。2008年にリーマン・ショックが起きた時、これが契機となって不況になったと思っている人がいますがこれは勘違いです。実際には米国の景気のピークは2007年12月とされています。
ショックの前から不況は訪れていて、そのひずみが大きくなったからリーマン・ショックが起きたわけです。米国の景気がピークアウトして、不況に向かっていくのであれば、どこかのタイミングで〇〇ショックのようなものが発生する可能性があります。
——2023年には米国でシリコンバレー銀行が破綻し、中国における不動産不況も加速していますが、これを上回る規模の出来事が起こり得るということでしょうか?
松田:そうですね。サブプライムローン問題自体は2006年から懸念されていて、2007年にはいつ大きな事件が起きてもおかしくない状態でした。リーマン・ショックは、最後の最後に発生した事件です。利上げが続くと金融界全体のポートフォリオの含み損というのは膨らんでいき、いずれ立ち行かなくなります。
2023年3月の時よりも現在の米国10年債の金利は1%ほど高くなっていますから、当然含み損は大きくなっていますよね。中国においても、不動産を巡る懸念は10年ほど前からあったのですが、当局を中心に先送りを続けていて、ついに首が回らなくなった可能性があります。
景気が良い間は何とかごまかせても、景気が悪くなり始めると問題が加速度的に噴出しかねないので2024年は要注意だとみています。万が一そうした状況で金融緩和に転じることがあれば、ビットコインの価格はさらに上昇していくことでしょう。
2024年の暗号資産投資で注視すべきポイント
- 2024年に行われる米大統領選の行方次第では、米国の暗号資産に対するスタンスが大きく変わる可能性がある。また中東情勢を巡り、ビットコインに需要が集まる可能性があるため政治動向に注目。
- ビットコイン現物ETF承認後と、ビットコインの半減期後はともに売り圧が高まる可能性が大きいため注意が必要。供給面等でみればビットコインは2025年にも最高値をつける可能性がある。
- 現在の世界経済は2007年に酷似しており、2024年は世界的な不況が訪れる懸念がある。その際、大規模な金融緩和に転じることがあればビットコイン価格はさらに上昇へ。米国を中心に利上げ動向は要チェック。
Profile
◉松田 康生(Yasuo Matsuda)
東京大学経済学部で国際通貨体制を専攻。三菱UFJ銀行・ドイツ銀行グ ループで為替・債券のセールス・トレー ディング業務に従事。2018年より暗号資産交換業者で暗号資産市場の分析・予想に従事、2021年のピーク800万円、年末500万円と予想、ほぼ的中させる。2022年1月より現職。
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