常に“あたらしい”に挑戦する名物編集長は、今の「暗号資産」「web3」に何をみているのか
——現在のキャリアに至るまでの経緯をお聞かせください。
設楽悠介(以下、設楽):学生の頃は編集プロダクションで雑誌の編集を、その後で毎日コミュニケーションズ(現:マイナビ)に新卒入社して広告営業をしました。そして25歳に時に幻冬舎に転職しました。
幻冬舎では営業局を経て、デジタル系の新規事業を担当するコンテンツビジネス局という部署を作りました。そこで電子書籍事業や、オウンドメディア事業、コンテンツマーケティング事業などを立ち上げました。またいくつかのIT大手企業と合弁会社を作ったり、NewsPicksと共同事業で「NewsPicksアカデミア」というコミュニティサービスを立ち上げたりしました。
そしてグループ会社の幻冬舎コミックスの取締役を兼務し、経営に携わりながら、コミックスのデジタル化、ライセンス事業なども担当しています。また何冊か書籍の編集もしました。実は今もブロックチェーン関連の書籍を編集中です。
もちろんビジネスになることが前提ですが、幻冬舎はアイデアがあればやらせてもらえる環境でした。だから20代、30代に本当に色々なジャンルの仕事を経験させてもらえ、今でも会社には感謝していますね。また副業でポッドキャストなども始めました。
そして色々な仕事をする傍ら、2017年にビットコインに出会いました。
初めは投資目的だったんですが、サトシ・ナカモトのホワイトペーパーを読んで「これはインターネットを大きく変える技術ではないか」と興奮してしまい、もともとプログラムとかもちょっと齧っていたので、どっぷりと暗号資産・ブロックチェーン領域にハマっていったんです。
10代の頃インターネットに出会って興奮したのと同じか、それ以上にワクワクしたのを覚えています。
——幻冬舎は暗号資産・ブロックチェーンとどのような関わり方をしていますか?
設楽:幻冬舎としてもこの領域にコミットしたい、そう思って「あたらしい経済」というメディアを立ち上げました。2017年当時はいわゆるICOバブルで、詐欺の情報が溢れ、海外との情報格差もまだまだ大きかった頃でした。僕自身も何度か騙されそうになったこともあります。
だからちゃんとした母体がデューデリして運営するメディアが欲しいと考え、それであれば自分で作ってしまおうと2018年に立ち上げたのが「あたらしい経済」です。
——幻冬舎は出版業界でこの領域に参入するのが早かったですね。他の出版社の動きはどうみていますか?
設楽:出版業界を見渡すと、NFTを活用した取り組みなど一部出てきてはいますが、まだまだ各社様子見をしている感じですよね。ウェブメディア事業もどこかが追いかけてくると思っていたんですが、出てきてないですね。Web3に関する書籍などを出している程度じゃないでしょうか。
コミックなどのIPをもっと活用すれば面白いことができそうだと思うのですが、今コミックやアニメ市場はめちゃくちゃ儲かってるんですよね。既存ビジネスが上手くいっている。だから無理にイノベーションを起こす必要がない。既存のモデルでビジネスが十分成立していることが、阻害要因だと思っています。
一方、小説やビジネス書など、いわゆる文字コンテンツの領域は、かなりマーケットが厳しくなってきています。みんな一般書を読まなくなってきている。だから逆にこの領域からWeb3を含めた技術活用などが進んでいくかもしれないと感じています。
人の心を動かすのは作る人たちの偏った思想やこだわり
——AI時代における、編集者として重要なスキルや物事の捉え方は?
設楽:AIによってライター、デザイナー、カメラマン、そして僕のやってる編集者や記者の仕事も、いずれかは代替されていくと思います。ただ「はい!今からこの仕事完全になくなります」みたいに切り替わるわけではなく、グラデーションがあるはず。
そうしたなかで、上手くAIを使っていくことが重要です。編集者という仕事は色々な切り口がありすが、重要なことの1つが世の中の流れやトレンドを先読みすることだと思っています。そういったことにAIができる大量なデータ処理は、活用できそうですよね。
一方、結構AIが追いつくのに時間がかかるのが、偏愛だったり感情みたいなノイズだと思っています。多分AIの編集者とライターがタッグを組めば、人類みんなが興味を持つ確率の高い本が作れると思います。でもその本って面白くないような気がするんですよね。
みんなが読みたいものって、実は面白くないですよね。多分心が動かないものが出来上がる。一方書籍やメディアにとっての面白みって、作る人たちの、時には偏った思想やこだわりだったりする。それをAIで再現するには、AGI(汎用人工知能)の領域がもっと発展しないと難しいですよね。
ニュースの速さや量はそのうちテクノロジーで代替できるので、「あたらしい経済」では、自分たちのメディアらしさということを常に意識してコンテンツ発信をしています。クリプトメディアは色々あるけど、なんか「あたらしい経済」だけ違うよね、みたいに感じてもらえていると嬉しいですね。
——「AIっぽくない感じ」というと、対面のコミュニケーションも価値が再認識されそうですね。
設楽:対面やフィジカルを通じたビジネスは、再評価されていくと思いますね。あらたなビジネスも生まれると思いますし、これまでの人的なサービスの提供価格もこれから上がっていくと思います。生まれてから生身のコミュニケーションをしたことがあるという世代が、いなくなるまでは。
今年12月から「Web3 Business Hub」という企業向けコミィニティを立ち上げます。オンラインを活用しますが、そこでは改めて対面であることを意識した、濃いコミュニケーションも作っていきたいと構想しています。
——実際に暗号資産・ブロックチェーンなどのweb3領域、そしてメタバースなど、技術的な進歩はみられるのにマスアダプションにはまだ課題があるようにみえます。ボトルネックはどの辺りにありそうですか?
設楽:暗号資産やブロックチェーンに関しては、国によっても差がありますが、法律や税制はまずボトルネックですよね。web3はもう1つの世界や経済を作る技術だと思ってはいますが、それがレイヤーとして重なるのは当面は現実世界ではあるので。
日本においてもまだまだそれはボトルネックの1つです、特に税制が。また日本では、まだまだ世界のプレイヤーに日本の人たちがついていけていないと感じています。変にガラパゴス化してしまう傾向もある。それは自戒も込めてです。
まだまだトレンドや情報にグローバルとの格差がある、多くのプロトコルやDAOなどのインナーサークルに入れていない、これは大きな課題だと思っています。
またメタバースは、やっぱり端末やUXが課題だと思います。VRゴーグルをかけた状態で日常生活ができるくらい軽量化が進んだり、充電が続く、解像度が現実世界にもっと近づくなど、技術的な進歩は必要ですよね。
メタバースで留意すべきが「ただでさえ忙しい日々のなかで、もう1つ世界があって、そこに本当に入りたいのか」という点です。つまりメタバースが現実世界より、インセンティブがあるかどうかが、当たり前ですけど重要です。
モニターでやるゲームより、VRで没入したゲームの方が楽しくかつ疲れない。リアルな飲み会より、VRチャットの方が盛り上がる。恋人とデートするより、メタバース空間に一緒にいる方が気持ちいい。現実世界で働くより、メタバースで働いた方が時給が高い、など。
要はメタバースが明確に便利か、気持ちいいか、儲かるか、ですよね。それがなくしては、メタバースはただのエンタメジャンルの1つを越えられないと思います。
自分が没頭した世界は
少なくとも自分より長生きしてくれるに限る
——メタバースと暗号資産は相性が良いと思いますか?
設楽:前述の「メタバースの方が儲かる」を実現する点では、インターネットのネイティブ通貨であるビットコインや、ステーブルコインなどはかなり相性がいいですよね。トークンがプラグラマブルな点も扱いやすい。
あとはかなり先の話ですが「メタバースが終了することが許されるのか?」つまり「世界が終わっても許容できるのか」が大切になる時期が来ると思ってます。もちろん地球にも寿命がありますが、それが現時点で遠い未来なので人類は成立している。
一方単独の企業が作ったメタバースでは、せっかくそこで生計を立てていたのにプラットフォームがなくなった、みたいなことは現状だと普通に起こってくるでしょう。それを防ぐために、ブロックチェーンのような分散型の技術は活用できるのではと考えてます。
「web3とメタバースを一緒にするな」という意見が多いですよね。僕も同意です、2つは技術的には別物です。企業がビジネス的に一緒に語っているだけ。ただ将来、僕はマージして欲しいと思ってます。というかすべきかと。自分が没頭した世界は、少なくとも自分より長生きしてくれるに限ります。
今のweb3とメタバースは、トレンディドラマの主役のカップル二人が出会ったばかりで喧嘩しているタイミングの状況だと捉えています。だからお互いがいがみあっている。でも最後はハッピーエンドになって欲しいですね。
——直近の暗号資産領域では、ビットコイン現物ETFの米国での承認が最注目されていますが、今後承認に至った場合、どのような影響がありそうですか?
設楽:すでに米国では先物EFTは承認されていますが、それが現物となると、既存金融からクリプトに大きなお金の流れができるという点で、確実にマーケットは活性化すると思います。現状の、「承認されるかも」という「期待」だけでも、今年11月から価格が伸びてますよね。
そして仮に承認されて、ビットコインにお金が流れれば、次はアルトコイン、そしてNFTなどにも流れていくことは、これまでの傾向を見ても分かることです。
ただ現物ETFの米国承認だけではなく、この先半減期や、そしてマクロ経済の状況、戦争の状況などもクリプト領域において重要な影響要素になりますので、その全体を俯瞰してマーケットを見ていくべきだと思っています。
——メディアに話を戻します。情報の取得をする端末が進化した際、情報取得の方法はどのように変わると思いますか?
設楽:20年、30年後には、iPhoneのようなスマホを触っているのが古いみたいに思われる時代になるはずです。「昔の人は板みたいなもの持っていてウケるよね」みたいな。
情報端末がスマホの形である必要性はどこにもないので、先々はメガネみたいになったり、イヤホンみたいになったり、ピアスになったり、コンタクトレンズになったりするはず。
そして機械を身体に装着するか、インプラントとして身体に埋め込むか、の部分が1つの障壁になるかもしれません。ただある程度時間をかけてそこを突破してしまえば、電脳化もSFの話ではないですよね。ニューラリンクの今後も楽しみです。
——本は、絵画のような、ある種の“芸術”として残っていくのでしょうか?
設楽:まず情報のまとめ型としての「本」というコンテンツ形態は、今後も残っていくと思っています。本は1つのテーマに対して、全体の構成を意識して、何度も書き直して、複数人の校正校閲を経て、出来上がるものです。
その情報の質は高いものが多い。合理的に情報をインプットすることを考えると、「本」というコンテンツ形態は今後も必然的に選ばれていくと思います。
一方物体として、「本」が紙に印刷されて今の形である必然性は感じません。こんなことを出版社社員が言うと怒られるかもしれませんが、紙の風合いが、モノとしての手触りがいいから残るという意見は、全然共感しないです。その点だけは芸術として残されるものになるかもしれませんね。
次に必要なのは良い雰囲気に続く実弾
雰囲気で終わらせないためのサポートをしたい
——メディアの編集長として、現在の日本のweb3領域で課題に感じていることは?
設楽:今web3の領域で日本がものすごく注目を集めています。法律が整っていること、自民党のWeb3ホワイトペーパーなど政府も後押ししていること、イベントなども多数開催されて盛り上がっていることなどは、ちゃんと海外のプレイヤーに認識されています。
おかげさまで「あたらしい経済」にも、海外のプロジェクトから「日本で展開したいからサポートしてほしい」といった問い合わせも多数いただいています。
でも、外からみえるほど、本当に盛り上がっているのだろうか?他人事ではなく、僕たちもメディアとして本当に盛り上げることができているか?よく自問自答しています。
ある意味いい雰囲気はできました。でもそれに続く実弾が生まれてこないと、意味がないですよね。たとえばコイマーケットキャップを調べても、日本のプロジェクトはまだまだ上位には、ほとんどランクインしていないのが現実です。
この雰囲気と、そして実際に背中を押してくれるルールや環境面への政府の働きかけを上手く活用して、日本や日本のプロジェクトがこれから本当にグローバルでプレゼンスを発揮できるのか。そのためにこの業界に関わる多くの人たちが、ちゃんと戦略を立てて動けているのか。
雰囲気だけで決して終わらせないことが、課題というか、みんなが意識すべきことだと思っています。
自身が追い求めたメディアで日本にグローバルトレンドを発信し情報格差を埋める
——企業やプロジェクト側ができることは?
設楽:沢山あると思うのですが、まずは世界をみることだと思います。日本ってそれなりにマーケットが今でもあるので、そこで成り立っちゃうんですよね、良くも悪くも。でもそれに甘んじていたらWeb2の二の舞になります。
だからちゃんと世界のトレンドをキャッチアップして、挑戦すること。それが大切だと思っています。今が下手したら今回が日本にとってラストチャンスかもしれません。環境が良い今だからこそ、日本から世界的なプロジェクトが生まれて欲しいです。
それをバックアップするためにも「あたらしい経済」や「EXODUS」では、常にグローバル水準を心がけてコンテンツ発信をしています。
また「Web3 Business Hub」では「Web3の本質とリアルタイムなトレンドをキャッチアップし、世界標準のプロジェクトを日本から生み出すこと」を目標に掲げています。これから企業向けに質の高い学びとコミュニケーション、協業や共創のコミュニティを提供していきます。
これらのメディア発信とコミュニティ事業を通じて、日本のweb3の盛り上がりを、実態を伴ったものにしていく一助となれればと思っています。
Book Review
『「畳み人」という選択「本当にやりたいこと」ができるようになる働き方の教科書 』
ビジネスにおいて突飛なアイデアの大風呂敷を広げる経営者やリーダーを「風呂敷広げ人」とするならば、この本で定義する「風呂敷畳み人」は、そのアイデアを着実に実行する(畳む)リーダーに対する「名参謀」や「右腕」のような存在。
変化の激しい時代に求められるのは、サポートしながらときにチームの先導役、時にプレイヤーとして変幻自在に活躍する「畳み人」である。これからの働き方を考えるきっかけを与えてくれる本。
設楽 悠介 (著) プレジデント社 (2020/2/27)
Profile
◉設楽 悠介(Yusuke Shidara)
幻冬舎「あたらしい経済」編集長 / 編集本部コンテンツビジネス局局長。幻冬舎でブロックチェーン / 暗号資産専門メディア「あたらしい経済」を創刊。同社コンテンツビジネス局で電子書籍事業や新規事業を担当。幻冬舎コミックスの取締役兼務。「Fukuoka Blockchain Alliance」ボードメンバーとしての活動やSpotifyやAppleにてweb3専門番組「EXODUS」、「あたらしい経済ニュース」等を配信中。著書『畳み人という選択』(プレジデント社)
◉『あたらしい経済』
ブロックチェーン、仮想通貨(暗号通貨)、トークンエコノミー、評価経済、シェアリングエコノミーなどの「あたらしい経済」をテーマにしたビジネスパーソン向けのWEBメディア。「あたらしい経済」モデルやそこでの稼ぎ方、そこで未来を切り開く人々のエピソード、あたらしい時代における働き方や学ぶべ きことなどの情報が紹介されている。
あたらしい経済 NEW ECONOMY|幻冬舎のWeb3(ブロックチェーン 仮想通貨 暗号資産 NFT)メディア
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