昭和の主役はアイドル歌手、グループアイドルが台頭した平成、そして誰もがアイドルになれる令和。時代の移り変わりとともに、日本が誇るエンタメの華・アイドルも進化し続けている。
Web3.0アイドルと呼ばれるジャンルまで生まれた業界は、今後どうなっていくのだろうか。
アイドル業界の“ピラミッド構造”とは?
中川:本日は現在のアイドル業界の状況について話しつつ、NFT やトークンといったWeb3.0に関連する技術を使うアイドルの将来性についてもお話をできればと思っています。
成田:私はどちらかといえば、アイドル業界には詳しいけれどもWeb3.0とかはよくわからないので、中川さんに教えてもらえたら嬉しいですね。まだそれほど数は多くないですが、NFTを絡めたプロモーションをするアイドルも出てきていますし。
中川:ズバリ、最近のアイドル業界はどのような状況なのでしょうか?
成田:やや大雑把な分け方になりますが、アイドル業界は3つに分かれていて、46グループ(乃木坂46・櫻坂46・日向坂46)のような一握りのメジャーグループと、地下アイドル、その2つの中間、という感じですね。
中間層以上のことを地下アイドルと対比して、地上グループや半地下アイドルと呼ぶこともあります。それぞれ活動内容もビジネスモデルもかなり違うので、同じアイドル業という括りであっても、そこには大きな隔たりがあるんです。
メジャー・中間・地下3層構造で隔たりはとても大きい
中川:では、その3つの分類の違いを教えてください。
成田:メジャーグループは、ほとんどの人が想像する通りですね。かつてのAKBグループや、今の46グループのように、グループ自体の圧倒的な人気を背景に、メンバーをバラエティ番組や雑誌などのメディア仕事に送り込み、そこで稼ぐという方法です。
当然ですが、彼ら彼女らはライブの動員やグッズ売上も凄まじいので、そっちでも十分に稼いでいます。そういったアイドルのビジネスモデルとして重要なのは、アイドル個人をブランド化していくことですね。
「◯◯ちゃんが出演するならこの番組をみる」「◯◯ちゃんがイメージキャラクターになるならこの商品を買う」とファンの人たちに思ってもらえるように、アイドルのイメージをどんどん神格化させていくといいますか。ちなみに、モーニング娘やAKB 以降の流れとしてアイドルは個人ではなくグループで活動するのが常識になっています。
中川:それはなぜですか?
成田:アイドルを応援する人は、グループのなかの人間関係や、そこからみえてくるものに惹かれるからです。これは日常生活でもそうなんですが、個人の魅力というのは、実は複数人との関係のなかでこそみえてくるんです。「ただ可愛いだけの子」よりも、実は甘えん坊であったり、リーダーシップがあったり、ほかの子と比べて努力家だったり、というのがみえると応援しがいがあるんですよね。
中川:なるほど。グループ内の人間関係をみせてファンの熱量を高めているんですね。
成田:この仕組みは、実はプロデュースする側にとっても都合がいいんです。たった一人のアイドルに資金を投入して人気者にしようとしても、その子がSNSで炎上すれば、すべてが無駄になりますから。対してグループであれば、ほかの子を担ぎあげることができます。
中川:リスク分散をしているわけですね。
成田:ただし、こういうことができるのはメジャーグループだけです。そもそもメジャーグループというのは、結成時点から最終的にはそういうビジネスをやるつもりで事務所とレコード会社、メディアや広告代理店が組んで始めるものですから。
結成前から自分たちの冠番組を持っていたり、オーディション番組として密着するところからプロモーションできるのが、メジャーアイドルですね。逆にいえば、地下アイドルという括りで活動しているアイドルがメジャーグループになることなんて、不可能に近い話です。
アイドルになるルートは多種多様
中川:地下アイドルが徐々に売れていってメジャーグループになる、というようなことはないんですか?
成田:地下アイドルのなかから、この数年間の間に予想外に売れてメジャーになったのは『BiSH』くらいじゃないですかね。あとは橋本環奈さんやファーストサマーウイカ(元「BiS」)さんのように、突出したものを持っていて、地下アイドル出身でありながら個人として売れたパターンがいくつかありますが。
ただ、このような売れ方をするのはグループアイドル出身者だけではありません。声優アイドル、グラビアアイドル、大食いアイドルといった言葉があるように、どんなジャンルからでも優秀な子がアイドル的な売れ方ができる時代ですから。
また、YouTuberやTikTokerで、個人として人気になり、稼いでいるアイドルのような人も増えていますね。地下アイドルのメンバーが売れるためには、そういう別ルートからあらわれるアイドルにも勝たなくてはいけません。それに最近若い子のなかでは韓流アイドルも人気があるジャンルなので、ライバルは国内だけではないんです。
中川:厳しい世界なんですね。地下アイドルと聞くと、なんとなく売れていなくて小さなライブハウスでずっとライブをしている、というイメージがありますが、実際にはどういう定義なんですか?
成田:人それぞれ定義が異なりますが、「小さなハコで頻繁にライブをしている」、「ライブ会場での物販やチェキがアイドルの主な稼ぎ口になっている」というのが、地下アイドルの基本的な条件だと思います。それに加えて、「テレビや雑誌などのメディアに露出することはほとんどない」というのも特徴かもしれません。
中川:メジャーグループよりもはるかに小さい規模でアイドル活動をしているのが地下アイドルなんですね。
成田:とはいえ、地下アイドルに分類されるようなグループは数百組以上あるので、人気度やアイドルの待遇、活動の規模や本気度は本当に千差万別ですね。
アイドル個人も、バイト気分で活動している子もいれば、いつかは大きな会場でライブをしたい、テレビに出たい、と思っている子もいます。また、彼女たちをプロデュースしているのも、芸能事務所からただの素人まで、さまざまですね。
ちなみに、地下アイドルと呼ぶ場合たいていは女の子のグループですが、最近では同じような活動をしている男性アイドルグループも増えていて、彼らは「メン地下」と呼ばれています。メン地下も、ちょっとライブをしたことがあるくらいのグループまで入れると百組くらいはありそうです。
中川:ちなみに、地下アイドルのゴールというか、「成功した」といえるのはどうなったときなんですか?
成田:グループアイドルなら2、3,000人くらいのお客さんを収容できるZeppでライブできたら、地下アイドルとして最高のゴールといってもいいでしょうね。というか、そこまで成功したら、先程いった3つの分類のうち、「メジャーグループと地下アイドルの中間」の存在になったということです。
中川:地下アイドルとして特に成功したグループは「中間」の分類になるんですね。
成田:それに加えて、地下アイドル専門の事務所ではなく、しっかりとした芸能事務所が主導して組んでいるアイドルも、「中間」といえるかもしれません。この辺のグループは曲も定期的に出しますし、多くはないですが雑誌やテレビにもたまに出演できます。
とはいえ、今のアイドル業界は一部のグループが人気を独占している状態で、この分類からメジャーグループへと伸びていくケースもほとんどないのが現実です。
中川:話を聞いていると、地下アイドルのなかから成功するのも稀だし、「中間」のグループがメジャーグループになることもほとんどないということですか?
成田:そうですね。同じ「アイドル」という呼称ですが、この3つには大きな壁があり、アイドルの活動も待遇も、まったく異なるものだといえます。
この壁をぶち抜いたのがBiSHですが、彼女たちの場合は実は優秀な音楽クリエイターを抱えていて、しかもメンバーが圧倒的な歌唱力を持っていた、というのが大きいでしょうね。ほとんどの地下アイドルは、Zeppでライブをするなんて夢のまた夢。たいていは小さなライブハウスとイベントを転々としています。
地下アイドルの待遇は厳しく1枚数百円のチェキが命綱
中川:アイドルの待遇も、メジャーグループと地下アイドルでは随分と違いがありそうですね。
成田:メジャーグループや芸能事務所が主導する中間グループはだいたい固定給+歩合制ですね。お金がなければ精神的に安定しませんし、悪いことに手を染めてしまう危険性があるので、運営側としてもこれはブランドを守るための必要経費です。
固定給だけでも並の社会人程度は保証されていますが、それに加えて個人での仕事やグッズの売上に応じて歩合制のように報酬が増えていきます。ちなみに、写真集やCM はアイドル本人にかなり還元されるのでボーナスに近いイメージかもしれません。
一方で、地下アイドルはそうではありません。数万円でも固定給があれば待遇はかなりいい方で、たいていは物販やライブ出演、チェキの売上に応じた歩合制のみになっています。
中川:実際、地下アイドルはどれくらい稼げるものなんですか?
成田:ライブ一本出演で数千円、チェキが1枚あたり100~300円、物販はほとんど運営の収益にあてられるので雀の涙程度です。かなり厳しいようにみえるかもしれませんが、ライブのたびにチェキを数十枚撮れるような人気メンバーなら、月20万円を超えることもあります。地下アイドルはどれほど人気でも、せいぜい月収十数万というところでしょうか。
衣装代やレッスン代としていくらか給料を差し引かれることもあるので、手取りはさらに下がります。ほとんどの人は、本業やアルバイトをあわせてようやく人並みの生活ができる程度ですね。
ただし、最近はメンバーが動画配信サイトでライブをして、投げ銭を受け取るケースも増えているので、一昔前よりは稼ぎやすくなっているかもしれません。
中川:成田さんもかつて地下アイドルをプロデュースしていたんですよね?
成田:地下アイドル好きが高じて、友人やファン仲間と一緒に立ち上げたことがあります。一応法人化もして、アイドルの待遇も良くなるようにと頑張ったんですが、全然駄目でした。私たち運営チームにも至らなかった点は多々ありますが、しっかりとアイドルとして活動する意識がある女の子を集められなかったのが致命的で、色々と不祥事や素行不良の指導ばかりしていた記憶があります。
ただ、考えてみれば何者かもわからない人が作ったグループのオーディションなんて、ほとんどの女の子たちは応募してくれないのも当然です。実は地下アイドルにも専門芸能事務所もあるので、普通はそっちに応募しますよね。
中川:随分苦労したんですね(笑)。ちなみに、地下アイドルの立ち上げにどれくらい費用がかかったんですか?
成田:私の場合は、初ライブまでに100万円ほどですね。メンバー集めはSNSや知人からの紹介だったのでほぼ無料ですが、それ以外はずっと出費が続きました。メンバーの衣装代、レッスン場代などが必要ですし、オリジナル楽曲を作るためにSNSで作曲者を探したり、振り付けをプロのダンサーにお願いしたり……。あと、物販をするためにグッズを作る必要もあります。
中川:大変そうではありますが、100万円くらいあれば地下アイドルのプロデューサーになれちゃうんですね。
成田:実際、地下アイドルの運営はほとんど素人のような人も多いですよ。初期の出費についても、オリジナル楽曲を作らず、衣装も借り物で、グッズを販売せずにチェキだけにすれば、かなり抑えられるはずです。それくらい手軽に始められるので、やはり悪い噂が絶えないプロデューサーも少なくありません。それが嫌で、個人として地下アイドルをやっている人もいます。
アイドルのNFTを取引してメンバーの生活を支える?
中川:地下アイドルは運営側もぎりぎりでやっているビジネスなんですね。最近増えているWeb3.0系のアイドルについても触れたいです。目立つところでは、『NFT IDOL HOUSE』と『IDOL3.0 PROJECT』があります。
成田:どちらのグループにもいえることですが、最初からメジャーグループになることを目指して立ち上げられたプロジェクトですよね。『NFT IDOL HOUSE』は日本テレビとプラチナムが全面的にバックアップしていますし、『IDOL3.0 PROJECT』はアイドル業界最強の” 秋元康プロデュース”という看板を掲げています。
中川:『NFT IDOL HOUSE』は、Fuhuaというグループを結成していて、メンバーの似顔絵イラストのNFTを販売しています。そして、NFT 保有者はメンバーとチャットができたり、メンバーが挑戦する企画を提案できる、といった形で「運営の一部に参加できる」ことをウリにしていますね。
成田:実際のところ、NFTの販売というのは成功しているんですか?
中川:NFT については、約5ヵ月かけて1,000枚がようやく完売しそう、という状況です。NFT のマーケットプレイスで取引されているのですが、フロアプライス(最低出品価格)は0.089ETHなので約2.4万円。当初の販売価格は0.05ETH(1.3万円)なので、1,000枚売れば1,300万円の売上ということになります。
一般的なNFTアートと比較して考えると、” 完売するまでのスピードは遅いが、一定数の熱狂的なファンのおかげでそれなりに売れているし、フロアプライスが販売価格を上回っているのは、一定の人気を獲得しているからという感じですね。
成田:売り上げ1,000万円は、メジャーグループのとてもめずらしいグッズだと考えるとやや物足りない気もしますが、今NFTを持っている人たちは当分は熱狂的に応援してくれるでしょうから、ファンの熱量を高めたという意味では成果があったといえる気がします。
中川:『IDOL3.0 PROJECT』はNIDTというトークン(暗号資産)を暗号資産取引所を通じて販売して、10億円以上の運営資金を獲得しました。NIDT 保有者は一部、プロデュースへの参加や限定イベントの招待、NFT の付与などさまざまな特典が予定されているようです。
これだけの金額を集められたのは、” 秋元康プロデュース”という看板の力だけではなく、いわゆる暗号資産投資家も巻き込めたからでしょうね。ちなみに、NIDTは1NIDTあたり5円で販売されたのですが、11月時点で約70円ほどになっています。
成田:かなり価格が上がっているんですね。
中川:今後、『IDOL3.0 PROJECT』がプロデュースするアイドルがもっと人気になれば、さらに価格も上がっていくかもしれませんね。
成田:なんだかアイドルを応援するというよりも、売れるアイドルを見極めるゲームみたいですね。運営に10億円の収益があったことは良いことだと思いますが、なんとなく自分がNIDTを持っていたら、応援する心が濁りそうな気がしちゃいます(笑)。
中川:もっと活躍して高騰しろ!ってなりそうですよね。性質として、トークンの販売は運営者にとっての「資金調達」、買う人にとっての「投資」という側面が強いので、” 秋元康プロデュース”みたいな看板が最初からあるグループしか取れない戦略に思えます。
投資だからこそ、そのアイドル自体を推している人以外の投資家たちを巻き込めるのが魅力ですが、その代わりにアイドルを純粋に応援しようと思う熱量は薄まるかもしれませんね。
一方で、NFT はファングッズの一種という感じなので、こちらの方が今後広まる気がします。NFT の良いところは、正規品であることを確認できるのと、「誰がいつ買って、どれくらいの期間保有し続けているのかを世界中の誰でも確認できる」という点です。
ファン視点でいえば「自分は◯◯ちゃんをこれだけ長い期間推してるんだ」と、NFTで古参アピールができる。運営やアイドル本人も、誰がNFTを持ち続けているのか確認できるんです。
成田:それはファンとして嬉しい要素ですね。
中川:あと、NFT は取引された時の金額の一部を発行者に還元できるので、たとえば「NFT が取引された時のお金はメンバーに還元される」といったこともできます。
成田:グッズの中古販売からメンバーに還元される、という感じですね。グッズを売却するのって少し心が痛むんですが、それなら安心して売れそうです。
中川:NFTというのは取引できるものなので、将来的に価格が上がりそうな特典を用意すれば、取引も活性化されると思うんですね。
たとえば「このアイドルが日本武道館公演を実現したら、その翌日に握手できる権利」とかどうですか?武道館公演が実現しそうになるほどNFTの価格も上がるはずです。それに、もし実現しなくてもなんとなく許せる気がするし、今すぐ運営の財布が痛むわけでもないです。
成田:それは応援にも熱が入りそうです。でもアイドルのファンとしては、そのNFTを売却して利益を得るべきか、それとも握手すべきか、かなり悩むことになりそうです(笑)
アイドル大国「韓国」のWeb3.0アイドル事業
Profile
◉中川賢
フリーライター。最新テクノロジーを中心にIT専門記者として活動。Web3.0やNFTに詳しく、NFTアートプロジェクトに参画した経験を持つ。好きなアイドルは46系で、今の推しは日向坂46の上村ひなのさん。好きなアイドル楽曲は乃木坂46の「立ち直り中」。
◉成田武秀
芸能プロダクションマネージャー。かつては地下アイドルの熱烈なファンとしても活動しており、友人らと共に地下アイドルを立ち上げてプロデュースしたが、メンバーの不祥事とコロナ禍が重なり解散。推しはオーディション番組「PRODUCE 101 JAPAN」の加藤神楽さん。
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