世界150以上の国と地域に約40万人を擁し、監査・保証、税務、ストラテジー・アンド・トランザクション、およびコンサルティングサービスを提供するEY(アーンスト・アンド・ヤング)のメンバーファームであるEY新日本有限責任監査法人。
Web3.0業界をリードする専門知識とサービスを提供する同社の田中計士氏に暗号資産やブロックチェーン事業における会計監査の主な課題を伺った——
着々と動き出すWeb3.0の会計監査
——EY新日本有限責任監査法人BlockChain Center共同リーダーに至るまでの経緯をお聞かせください。
田中計士氏(以下、田中):2000年に会計士としてキャリアをスタートして、2017年頃に暗号資産という分野に初めて触れました。
当初は、食品や化粧品といった大手消費財企業の監査を手がけていましたが、たまたま当時担当していた複数のクライアントが暗号資産やWeb3.0に関連する事業を展開し始めたことから、その領域にも関与するようになりました。
2017年当時は「Web3.0」という用語自体がまだ一般的ではありませんでした。監査業務を通じて暗号資産に関するさまざまな問題に直面し、知識を深める中で法人内でもその分野の知識を増やすことができて、ありがたいことに法人内で詳しい人間として認知されるようになりました。
それから徐々に、暗号資産に関する相談が増え、現在では複数の暗号資産交換業者をクライアントとして持つまでになりました。
このようにして暗号資産の案件が集まるようになり、EY新日本有限責任監査法人BlockChain Centerの共同リーダーとしての立場に至ります。
——暗号資産に対する怖さみたいなのはありましたか。
田中:監査業務では独立性やインサイダー規制を考慮して株式投資が大幅に規制されるのですが、暗号資産投資おいても一定の規制は存在します。
私自身もビットコインを含む暗号資産を所有していましたが、そこまで多額に所有していたわけでもないこともあり、暗号資産への恐さというものはあまり感じませんでしたね。
Web3.0領域における会計監査の課題
——暗号資産やブロックチェーン事業における会計監査の現在の主な課題は何ですか?
田中:2022年3月、自民党のWeb3.0プロジェクトチームはWeb3.0関連のホワイトペーパーを発表し、24項目の課題を指摘しました。
そのなかに、Web3.0企業への会計監査の受け入れが難しいという問題があげられていました。この問題に対応するため、日本公認会計士協会はJCBAなどと協力し、共同フォーラムや勉強会を開始しました。これは、会計士と事業者が共に理解を深め、さまざまな課題について話し合うための取り組みです。
過去2年間は、特にWeb3.0への誤解が多かったと思います。たとえばイーサリアムの保有が上場に影響するかのような疑問も寄せられていました。しかし、暗号資産の所有に関する会計基準は存在し、適切な会計及び監査上の対応は可能な状況にあります。
一方で、暗号資産を発行する側の企業体に関しては、会計基準が開発中である点、法的整理が明確ではない点、税制上の問題等の様々な課題があり、監査上もハードルが高いのは事実です。業界団体として、監査可能な領域とさらなる議論が必要な領域を区別しながら取り組んでいます。
——ブロックチェーンゲーム等、エコシステム内でさまざまなトランザクションが発生する際には課題も多いと感じます。
田中:日本では、暗号資産交換業者には会計監査が義務付けられています。交換業者は主に販売所と取引所の2つのビジネスモデルに分かれており、金融庁による厳格なモニタリングの下で運営されていて、会計監査義務もこれらの規制の一環として導入されています。
実際、2018年に発生した国内の大規模な暗号資産の流出事案以降、これらの規制の成果もあり大規模な問題は報告されていません。一方で、暗号資産発行やブロックチェーンゲームなど、Web3.0関連事業は多岐にわたりますが、会計監査の対応が追いついていない状況があるのは事実です。
IEOなど、暗号資産を発行する際のルールは整備されつつありますが、必ずしも監査法人側の監査受嘱がスムーズかというと、そうではない状況となります。今後、会計基準開発や法的性質の明確化が進み、投資家保護などの必要性が高まれば、同領域においても将来的には監査実務も増えてくると考えます。
また、上場企業によるブロックチェーンゲームの開発運営事例も増えてきていますし、現在議論されているDAOの法人化等においても、その先には株式会社への監査と同様に第三者による監査等を通じた保証の要否といった課題も出てくるかと思われます。
——暗号資産関連事業等にはどのような会計及び監査の基準が存在するのでしょうか?
田中:暗号資産交換業者に対する会計監査の義務化に伴い、暗号資産保有者に適用すべき会計基準や、交換業者の会計監査に関する実務指針が設けられました。また、わが国でもセキュリティトークンやステーブルコインが法制化されましたが、これを踏まえてそれぞれに適用すべき会計基準も制定されています。
一方で、ブロックチェーン関連ビジネスの形は多岐にわたるため、あらゆるビジネス形態を網羅できるような会計基準や監査実務指針は存在しない状況です。
監査プロセスに価値変動やセキュリティリスクを組み込むには
——暗号資産の価値変動やセキュリティリスクをどのように評価し、監査プロセスに組み込んでいますか?
田中:たとえばある企業が貸借対照表で、他社が発行したトークンを資産として計上している場合、会計監査ではその企業が所有するトークンがウォレット上に実在するのか、価格が適切に評価されているかを検証します。
知名度の高いトークンなら問題は少ないですが、無名のトークンが大量に保有されている場合、その存在や価値算定には特に慎重な判断が必要です。
さらに、企業が保有するトークンが存在するブロックチェーンの仕様や、企業が有するブロックチェーンウォレットが突如ハッキングされるリスクも考慮しなければなりません。
このため、ブロックチェーンの信頼性や企業の秘密鍵管理体制なども監査の対象となります。
また、ビットコインやイーサリアムは取引量が多く市場が活発なため価格評価が容易ですが、取引量の少ない未知のトークンは、時価評価の適切性も課題となります。
——コミュニティ内でこのトークンの価格が下がらないように、結託して保持しておこうとした場合などは、判断は難しいということでしょうか?
田中:そうですね。時価という観点から見れば、市場での流通量が低い場合、みかけ上は高価格であったとしても、実際にその価格で売買が成立するとは限りません。
わが国の会計基準では、暗号資産に活発な市場が存在するか否かで時価評価するか否かが変わるため、トークンのマーケットにおける取引状況も会計監査上は大きな検討論点の1つとなります。
——今後予想される法改正(IEOやレバレッジ等)が暗号資産やブロックチェーン関連の監査に与える影響についての見解を教えてください。
田中:例えば不正アクセスにより自社のウォレット上で管理していた暗号資産が流出してしまうケースの様に、Web3.0ビジネスには他のビジネスとは異なる特有のビジネスリスクがあります。
また、まだまだ法的位置づけが未整備なエリアも多く、事業者自体が何等かの大きなリスクを見落としているようなケースもあり得ます。
監査人としてはどのように会計処理を行うか、という点は当然重要なのですが、やはり新しいWeb3.0ビジネスが生まれる都度、特有のビジネスリスクはどういったものなのか、ということを我々監査人は理解していくことが重要になると考えます。
監査基準の国際基準
——Web3.0の領域と同様に同領域での監査基準には今後、国際基準が設けられていくと思いますがその点についてはいかがでしょうか?
田中:ブロックチェーンや暗号資産に関する監査手法、監査基準はグローバルで目線はある程度統一されている理解です。
我々EYはグローバルに展開する組織であり、常に海外チームとも連携しています。たとえばトークンについても、海外に取り扱った事例はあるか等の情報交換をしています。
一方、会計基準は国際会計基準(IFRS)という世界的に共通のものもありますが、一方でわが国特有の会計基準(JGAAP)もあり、会計基準毎に取扱いが異なります。
日々あたらしい形が生まれるWeb3.0ビジネスに対応するため、今後も、会計基準も監査手法の検討され開発されていくと理解しています。
——暗号資産関連事業者について、会計上気をつけなければならないポイントを教えてください
田中:トークンの種類は多様化しており、日本ではビットコイン等の資金決済法上の暗号資産のほか、セキュリティトークン及びステーブルコインにも法的枠組みが存在します。これらについてはある程度会計基準上の取扱いも明確化されてきています。
一方で、NFTなどの、わが国において何の法的な枠組みにもカテゴライズされないトークンも存在します。また、将来トークンを獲得するための権利金であるSAFTなど、法的位置づけが明確化されていないような契約形態もあります。
会計監査上は、法的位置づけが明確ではない事案について、会計上どのようにこれらを扱うか、という点から議論が始まり、対応に時間がかかることもあります。我々監査人は、Web3.0事業者との対話や意見交換を通じて事業の実態を深く理解することが重要であると考えます。
Profile
田中 計士 | Keiji Tanaka
2000年に会計士としてキャリアをスタートし、食品や化粧品といった大手消費財企業の監査を手がけた後、暗号資産・ブロックチェーンに関連したさまざまな企業への監査および保証業務などの提供。現在は、EY新日本有限責任監査法人BlockChain Center共同リーダーとして監査及び保証業務を行うとともに、法人内の同領域における人材育成、コンサルテーションなどをリードするほか、消費財・小売、テクノロジー、メディア・エンターテインメントといった複数のセクターにまたがり大手企業の会計監査に従事。