日本を代表する酒類・飲料メーカーとして知られるサントリー。そんな大企業が社内ベンチャー子会社であるGoodMeasure社を立ち上げweb3領域に本格参入した。
プロジェクトを率いるのは、サントリーでハイボールブームの仕掛け人であるハイボール・チャーリー氏と、グローバルに活躍するweb3企業・8ShipsのCEOであるテリー・トモナガ氏。2024年より本格始動するというプロジェクトについて、2人のキーマンに今後の展開を聞いた。
――まずはお二人の経歴を教えてください。
ハイボール・チャーリー(以下、チャーリー):僕は飲むことと食べることが好きで1998年にサントリーに入社しました。
採用の面接時に、「僕はお酒にビタミンが入っていることを発見しました」といったんです。人事部に対して「ビタミン何だと思いますか?」と逆にたずねて、「AでもBでもなく愛なんです!」ともいいました。体調面には影響がないでしょうが、「心が元気になるビタミンです!」といったところ、面白い奴だといわれて採用されました(笑)。
その後はさまざまな事業に携わり、ハイボールという飲み方の普及を目指すプロジェクトチームにも参加することができました。ただ、プロジェクトが成功してハイボールが一世を風靡するようになると、どこか行き場がなくなったような感覚を覚えたんです。
そんな時に、米国でハイボール啓蒙を手がける機会が巡ってきました。こういったインタビューなどでは『ハイボール・チャーリー』を名乗らせてもらっていますが、これは米国で本名がなかなか覚えてもらえなかったので、その時につけた芸名のようなものなんです。
ハイボール・チャーリーとして米国で5年間過ごした後、日本に帰国してきました。帰ってきてから「次は何をしようかな」と考えた時にNFTに出会ったんです。
テリー・トモナガ(以下、テリー):僕は日本生まれですが、米国に住んでいました。銀行に勤めたり20年前から国際教育の会社を起業して経営したりしています。カンボジアに学校をつくったりもしました。
僕は常々、日本は素晴らしい国だと思っていて、どうしたらグローバルで活躍できる人材を輩出できるか考えています。特に日本のゲームやアニメは大きな武器ですよね。
ある日ニューヨークに行った時、NFTについて『価値観の具現化』というか、似た価値観を持った人が集まる空間をデジタルアイテムで創出するということにすごさを感じた瞬間があったんです。
今までだと信頼とか付き合いとか、日本でも空気とか阿吽の呼吸などを大事にする傾向がありますが、そういうことを世界の人たちに伝えることは相当難しいですよね。でも、裏を返せばそれは日本の良さの1つでもあります。
NFTのすごさに気づいた時、これは日本の良さを伝える最強のツールになると思いました。
日本はもっとグローバルに出ていかなければいけません。フェアバリューという観点でみても、たとえば世界では100ドルで買われているのに、日本では1,000円で売られているというのは、大きなギャップだと思います。
こうした価値の差をどうやったら埋めることができるのだろうという点で、ブロックチェーンを活用していくことに興味があります。
チャーリー:米国で過ごした5年間で日本のすごさもわかりました。
ケンタッキーに行っても日本車の良さを褒めてくれるし、ラスベガスのバーでは山崎のオンザロックが1杯50~70ドルで売られていました。ニューヨークのバーではウイスキー・TOKIのハイボールが1杯20ドルで1日に100杯も売られているんです。
米国の人は日本のすばらしい商品に見合うお金を払うことに躊躇しないんです。
お金では得られないメンバーシップ体験を提供
――「SAKAZUKI NFT」とはどのようなプロジェクトなのでしょうか?
チャーリー:一言でいえば、お金では得られないメンバーシップ体験を得られるという取り組みです。それにより、あらたな「Direct to Fanビジネスモデル」を構築したいと考えています。
たとえば、つくり手があたらしい技術やアイデアで挑戦するまだ世に送り出されていないお酒を、テスト販売という形を通じて手に入れることなどができます。また、お酒を飲むだけではなく、それを得るに至るまでのストーリーやイベント体験も得られます。
こうしたお金に変えられない体験を得られるアクセス権をNFTで提供するというものです。
テリー:お金に変えられない貴重な体験を得るというのがNFTのキーワードです。日本にはお金に変えれない体験などがたくさん存在しています。人付き合いとか一見さんお断りですとか、そういったものも独特な文化です。
そうした日本の文化に入っているものだったり、そういうものを全部含めた環境づくりが大事だと僕たちは思っています。
チャーリー:始まりは、「サントリーがこんな原価のかかるイノベーティブなお酒をつくっても、日本で誰が買うんですか」という議論からでした。
つくり手がつくったサンプルを飲んでみたら、鳥肌が立つくらい美味しかったんです。でも原価が高く、価格面でも国内の店頭で売るには高すぎると判断されて販売できない。どんなに美味しくてもTest & Learnする場がない。それであれば「まず限られたコミュニティのなかだけでも販売してみようよ」というところから始まったんです。
あとは、先ほどもお話したように米国など海外の人は価値が見合えばお金を払おうとします。つまり、日本では高いと思われるような商品でも、海外に出せば需要があるんです。
ですので、グローバルファーストで行けばつくり手が本当に良い物と思えるようなお酒を販売することができるなという発想も、コミュニティ組成を考える上で活きていると思います。
テリー:僕はこのプロジェクトがweb3のキーになると思っています。僕たちは別にお金儲けがしたくてプロジェクトを立ち上げたのではありません。
そして、サントリーもすばらしい会社だなと思う理由は、今ジャパニーズウイスキーが世界で高く評価されているように日本がグローバルに進出しようとする道をつくろうとしているところなんですね。世界が変わる、変えられる場所にいられるのはアメージングなことだなと感じています。
世界で評価されているジャパニーズウイスキーのさらなるグローバル進出を後押し
SAKAZUKI NFTはつくり手とファンをつなぐ架け橋に
――お二人が一緒にSAKAZUKI NFTを進めていくことになったきっかけはなんですか?
テリー:僕とチャーリーが日本のグローバル進出に関する考えで同意したことが大きかったと思います。
チャーリー:正直、2年前までNFTのことはよく知りませんでした。ただ漠然と日本の良さをもっとグローバルファーストで伝えたいという想いはあったんです。
テリー:海外でブランドをつくって逆輸入した方が良いかなとも考えました。マーケ ティング的には国内の方が楽というのはわかります。それでも、海外でスタートしたら難しさはありつつも世界の人たちがみてくれますから、グローバル基準での価値を持たせることができると思ったんです。
現状、web3というのはあたらしいスタートを切れるものなのに、今までと同じやり方で進めているプロジェクトが多すぎるように思います。そうしたらまた同じ答えにしかならない。それをチャーリーとも話して意見が合致しました。
チャーリー:サントリーとしてつくってきたものもたくさんあるのですが、なかには製造にかかる時間やコストなどで大量生産できずに販売できない、眠っているものが多数あります。こうした状況を打開する施策を考える過程でNFTを知り、そしてテリーと出会いました。
テリーに「本気なのか?」と試されたこともあります(笑)。
その後、米国に行き有名なファウンダーなどと会う過程で、日本の文化などを伝えていくファンコミュニティをつくりたいんだというテリーの想いを聞いて、NFTやそれによって生まれる空間みたいなものをやっと理解できたんです。そのタイミングで会社にこのプロジェクトについて提案を行いました。
NFTは手段であって、お客様とつながるあたらしいエンゲージメントになります。エモーショナルかつ、よりアクティブに行動してくださったお客様に感謝の還元ができる、ということを話しました。
まだ狭い世界ですが、ファンコミュニティをつくるビジネスモデルを生み出す意義、そして「サントリーのような大企業がweb3テクノロジーでファンコミュニティづくりに挑戦した」ということが大事だということも伝えました。
そうした想いが経営陣にも伝わり、Good Measureというサントリーの子会社を立ち上げたんです。
――web2とweb3の融合になると思うのですが、グラデーションの部分でキーとなるものはありますか?
チャーリー:最初はシンプルに『デジタルビール券』のような形でNFTを販売して、これを買えば現物のお酒が届くという感じがいいんじゃないかと考えていました。でも、それだとただの物販屋に過ぎないと気付いたんです。
たとえば、NFTばかり買われてそれをキープされても我々は嬉しくはありません。我々は実際にお酒を飲んでもらって、驚いて喜んでもらって、またリピートしてもらったり友達に推奨してくれる人を大事にしていかないといけません。そのためにエンゲージメントのシステムは必要です。
テリー:NFTはロイヤリティとか信頼とか、人間関係を可視化するシステムだと思っていて、web2は『映える』とか『みせる』という点をフォーカスしてきましたが、今後は『リアル』が重視されていきます。
常連さんが普段飲んでいるお酒の種類は何かとか、お酒をどれくらい飲んだのかとか、そういったデータはブロックチェーンを使うことですべて記録することができます。世界中でイベントをしたらその参加記録も残りますよね。
世界のNFTプロジェクトが今フォーカスしているのは、自分たちのコミュニティと考え方が合致する人に参加してもらうことです。
web2では広くみせることに重きが置かれていましたが、web3では狭く深くということが重視されるようになります。そうなると、フィジカルとリアルなものがとてつもなく重要になってくるんです。
チャーリー:SAKAZUKI NFTでもNFTを通じてあの日のイベントに来てくれていたんですね、ということが証明できたりね。その時に「ありがとう!乾杯!」と、一緒にお酒を飲めるのも僕は嬉しいですし、ゆくゆくは単なる名刺交換よりも便利なツールになるんじゃないかなと想います。
NFTのすごさは人を動かせること。NFTは人の生き方を変えるテクノロジー
――今後デジタルの世界から、リアルの世界、たとえば飲食店舗などとも連動されると思いますか?
テリー:web3といっても、まだweb2.1くらいの段階なのでそういうことはないのですが、将来的にはなっていくと思います。むしろ、ならない理由がありません。自分たちの持っているアセットを活用してファンづくりをしないのは変な話だと思います。
その点、SAKAZUKI NFTが連れてくるファンというのは、とてつもなくクオリティが高く熱烈なファンだと思いますよ。
チャーリー:今はサントリーが大好きで何度も商品を買ってくれている人と、時折買ってくれる人というのが平等な条件で還元されている状況なんですね。それを、NFTを活用することで可視化し、熱心なファンに対する還元率を高めることができるようになります。
お店も特別なサービスを提供できるようになるでしょうし、将来的にそうした使われ方がされたらいいなと思います。
実際、昨年には海外のパートナーに本気度をみせたかったですし、日本のいろいろな企業さんにも「サントリーはweb3でここまでやっています。一緒に連合軍を組んでやりましょうよ」という意思を示したかったこともあり、関係者向け限定ワンナイトイベントを開催しました。
2階層の会場を用意して、1階にはさまざまなコミュニティの体験型ブースを設置し、2階には限定の特別バーを設けました。来場者の方々にさまざまな体験をしてもらいつつデジタルスタンプラリーに参加してもらい、5個以上集めた方を2階の限定バーに招待するといったイベントです。
来場者数300人に対して、3時間で1,500スタンプが発行されるなど反響がありました。参加者が能動的に行動した結果、2階のバーに来る頃にはよりサントリーのお酒に親近感を持つようになるし、海外からきた人は日本のモノづくりのファンになっていたと思います。
テリー:NFTのすごさは人を動かせることです。僕たちが体験してもらいたいことを実現できるし、これは教育などにも活かせるものだと考えています。NFTは人の生き方を変えるテクノロジーです。
熱烈な“応援団”を募り、SAKAZUKI NFTを通じて日本をweb3のハブにする
――SAKAZUKI NFTは2024年に本格始動する予定とのことですが、現在の状況やどのようなサービスから開始するのか教えてください。
チャーリー:現時点では「熱烈に」応援してくれる人を募っているところです。いきなり1万人に参加してほしいというよりも、まずはたとえ少数からでも本当に応援してくれる人を丁寧に集めたいですね。その後、NFTの販売を本格的に開始してリアルイベントの開催など、活動を拡大 させていきたいと思います。
応援団の人たちに能動的に動いてもらい、SAKAZUKI NFTを知ってもらうことからスタートです。
テリー:8月には日本でも大きなweb3のイベントがありますから、そうした場で実際につくり手に会ってボトルをゲットできるイベントなんかもやってみたいですね。
近年のweb3関連イベントでは、海外の人々が日本を通り越して韓国やシンガポールなどに行ってしまう傾向にあります。こうした状況を変える意味でも、もっといろいろな企業が利害関係だけでなく純粋に日本をweb3のハブにするという気概をもって一緒に取り組んでいけたらいいですよね。
日本だけでしか体験できないものをつくりたいと思いますし、別に海外の真似をするのではなく、独自路線で戦っていくこともできると考えています。海外のweb3プレイヤーがSAKAZUKIコミュニティを目当てに日本へやってくるような、そんなプロジェクトにしていきたいと思います。
Profile
テリー・トモナガ|Terry Tomonaga
米国に拠点を置くweb3企業「8ships」CEO。UCLA卒業後、心理学と日本研究の専門知識をユニークに融合させた起業家、グローバル・マーケティング戦略家として活躍。ウェルズ・ファーゴでキャリアをスタートさせた後、国際教育企業LACTやメンターシップ・プログラムPIDを設立。
ハイボール・チャーリー(竹内淳)|Highball Charlie
1998年サントリー入社。ハイボールジョッキなどの開発を手掛けたハイボール仕掛人。NFTプロジェクト「SAKAZUKI」設立者及びサントリーグループのweb3スタートアップ「Good Measure」社CEO。