——2024年に入り、これまで4大経済圏と呼ばれるものに大きな動きあったと思いますが、その辺の動向をまず簡単に教えてもらえますか。
新井:2024年に入り、これまで4大経済圏と呼ばれていたものが、TポイントとVポイントが統合して「新Vポイント」となってあらたな経済圏を形成して5大経済圏と呼ばれるようになってきました。新Vポイント経済圏は経済圏のなかでも特に確固たる牙城を築いていた楽天経済圏を脅かすのではともいわれてます。
——そのなかでも昨年、ヤフーと統合してあらたな経済圏を形成すると話題になったLINE経済圏ですが、改めてその成り立ちについて教えてもらえますか
新井:各経済圏の成り立ちはいずれも大枠は一緒です。LINE経済圏はLINE、楽天経済圏は楽天市場と、経済圏を形成するファクターとしてプラットフォームを持っています。プラットフォームを持つということは個人のIDと購買データを持つということです。ここにも経済圏を形成するファクターがあります。顧客が商品を認知して購入に至る行動ステップ、つまり、各ファネルにおけるサービスを同一のプラットフォーム内で完結できるというのが経済圏を形成する仕組みになっています。
LINEの場合は、LINE広告をみたLINEユーザーがLINE Payで買い物をする、さらにキャンペーンに参加、LINEクレジットカードの利用などを通じてLINEポイントを貯めるという流れが生まれ、経済圏が形成されます。LINE経済圏はサービスラインナップもLINEショッピングやLINE証券、LINEポケットマネー、LINEスマート投資、LINEクーポン、LINE FXなど、楽天と張り合うぐらい充実していて、それらサービスがLINE上の「ウォレット」からアクセスできるというのが特徴です。
——楽天経済圏の成り立ちはどのような感じだったでしょうか
新井:楽天の場合は、楽天グループ各事業の成長に加え、プロ野球へ参入した2006年頃よりグループとして顧客価値を最大化する「楽天エコシステム(経済圏)」というコンセプトが生まれました。楽天の各サービスを複数にわたって利用することで、「楽天市場」での楽天ポイント還元率がアップする制度、つまり、SPU(スーパーポイントアッププログラム)を戦略的にカスタマイズすることで楽天ユーザーの行動を誘導して経済圏を形成したのです。
たとえば、楽天経済圏で買い物するとほかの経済圏ではありえないような還元率を実現できてしまうというようなことがユーザーを囲い込んだ大きな理由となったのです。そのほか、なんといっても楽天経済圏は楽天市場を始め、楽天トラベル、楽天銀行、楽天カード、楽天ブックス、ラクマ、楽天証券など、そのサービスのバラエティ度と充実度がほかの経済圏を圧倒しています。
——楽天、LINEともに形成する経済圏の目指す目標みたいなものがあるのでしょうか。
新井:LINEの場合は、オフィシャルには「LINEを入り口として生活のすべてがLINEで完結する世界の実現を目指す」としていますが、実際に日本の人口の8割弱にあたる約9,700万人が利用するLINEという絶対的なコミュニケーションツールがあるので、経済圏を超えた「生活圏」をすでに形成しつつあるのではないでしょうか。
昨年はヤフーとも統合し、その目指すものとして経済圏を超えた生活圏の形成に重きを置いているといえるでしょう。一方の楽天は「楽天経済圏を通じて会員一人当たりにおける生涯価値(ライフタイムバリュー)の最大化などの相乗効果を目指す」としていますが、現在、5大経済圏と呼ばれる各経済圏のなかでも確固たる地位を築いているので、経済圏の目指すものとしてはほぼほぼ目標達成しているといえます。
ただ、楽天も経済圏の先、生活圏の形成というのが次の目指すものだと思いますが、そのためには楽天モバイルの浮上が必要不可欠だといえます。
——LINE、楽天それぞれの主要サービスのなかで最も業績を上げているのは何ですか?
新井:LINE立ち上げ当初はゲームやスタンプなどコンテンツ事業が主力でしたが、現在は広告事業が1番の主力となっています。国内月間アクティブユーザー数9,700万人に向けて発信できるLINE広告はやはり圧倒的なリーチ力を誇っています。
さらに2023年に月間アクティブユーザー数約8,500万人を誇るヤフーと統合したことによる相乗効果もあり、2023年度の広告関連売上収益が前年比で+3.7%となっています。
——LINE広告の強みは何ですか?
新井:先にも触れた通り、日常生活に完全に溶け込んだLINEのリーチ力ですね。それはデータにも裏付けされたものです。日本のSNS利用者のなかでその8割弱がLINEユーザーといわれていて、さらにそのうちの4割弱がLINEのみを利用しているユーザーだといわれています。つまり、LINEでしかリーチできないユーザー数を4割も抱えていることになり、ほかのSNS広告では届かないユーザーにもリーチできることを示しています。
さらにLINEユーザーは幅広い年齢層で日常的に利用されています。そのなかでも10代から60代の女性ユーザーの7割以上が毎日利用するとしているデータもあります。このことから幅広いユーザー層にアプローチできるというのもLINE広告の強みといっていいでしょう。
さらに広告の配信機能や配信面も非常に多彩で、たとえば、LINEに広告配信可能な場所はトークリスト、LINE NEWS、LINE VOOM、ウォレット、LINEマンガ、LINEポイントクラブ、LINEショッピング、LINEチラシなどなど、10ヵ所以上に上ります。各種配信場所にはLINE以外のSNSやインターネットを利用しないユーザー、インフルエンサー要素のあるユーザーも多くいるので、拡散力も期待できるというのも強みでしょう。
LINEの未来予想
- 2024年後半にLINEアプリの大幅リニューアルが予定されているこ
とからLINEがユーザー行動のハブになる可能性も
- チャットベースでの購買体験、いわゆるCコマースが普及拡大してい
くと予想されることからLINEがその中心になる可能性も
- LINEアカウントとPayPayアカウントの統合により日常のインフラと
してLINE生活圏を形成する可能性も
——楽天の場合はいかがですか?
新井:楽天の主力事業はネット通販事業や金融事業です。もともとECモールを運営する企業から発展したため、楽天市場の売上は例年堅調に伸びており、2023年1月から12月までの決算では売り上げは2兆713億円と、前の年と比べて7.8%増えて過去最高となっています。楽天経済圏の強みがそのまま数字にも反映されているといっていいでしょう。
楽天経済圏の強みはいち早く経済圏構想を練っていただけに各サービスが人々の生活圏に根付いているところです。楽天市場や楽天トラベルなど、楽天経済圏で生活しているユーザーにとって、日常生活に組み込まれているため、ほかの経済圏に移行しにくいほか、1つのIDで70以上の豊富なサービスを受けられるという利便性の高さも楽天経済圏の強みです。
また、楽天カードや楽天ペイ、楽天銀行などの金融サービスも昨今のキャッシュレス化の流れやポイントサービスの普及などにより楽天経済圏の強みが発揮されている事業といえます。
楽天の未来予想
- LINEとヤフーが統合したように、楽天が近い距離にいるKDDIと連携を強化してモバイル事業をさらに推進する可能性も
- 楽天モバイルの黒字転換で楽天経済圏から楽天生活圏へ移行。
現在の確固たる楽天経済圏からさらなる強大な生活圏を構築する可能性も
- 楽天のモバイル事業が黒字転換、LINEがPayPayとアカウント統
合した暁には現在の5大経済圏から2大生活圏へ市場が変化する可能性も
——LINEはLINE Payを終了しますが、その影響はありますか?
新井:ユーザーへの影響はそれほどないように思えます。ユーザー側もヤフーとの統合を発表した時点で遅かれ早かれLINE Payの終了は予測できたのではないでしょうか。LINE Payの国内登録者数は4,400万人で、実際に利用しているユーザーはそのうちの6.5%、キャッシュレス決済アプリとしてはメルペイと同等かやや下程度の利用者数です。
LINEヤフーとしてもすでにPayPayに軸足を移しており、PayPayからLINEの友だちに請求できる機能も実装してます。「マネーフォワード ME」や「Zaim」との連携、一部のクレジットカードとの紐付けなどでPay Pay未対応となっているとの指摘がありますが、そういった情報もユーザー側にとっては大した影響はないでしょう。
先にも述べた通り、LINEとヤフーが統合することで、それぞれで似た機能を持つサービスやアプリの終了はある程度予測できました。統合の発表と同時期に新銀行「LINE Bank」の開業計画も中止しましたし、LINEPayやLINEプリペ(Visa)の終了もユーザーにとっては規定路線という感じではないでしょうか。むしろ、経営統合から約3年程度かかったこともあるので、まだ「LINE Payってあったんだ?」と思うユーザーもいるかもしれません。
——LINE Pay終了にここまで時間がかかった理由とは?
新井:旧LINE側と旧Zホールディングス側との力関係のせいだと指摘されています。LINEとヤフーの経営統合は旧LINEの親会社だった韓国ネイバーと旧Zホールディングスの親会社だったソフトバンクが対等な比率で株式を持ち合った形で統合しましたが、この対等合併が各企業の重複事業の整理を妨げていたと考えられています。
実際に経営統合後も事業が整理されず効率化が進まないなど、事業環境がむしろ悪化する状況が続いていたとされ、2023年10月にはLINEヤフーとして1つの会社に統合されたことでようやく重複事業の整理に着手し始めたということになりますね。
また、LINEPayとPayPayは激しい競争を繰り広げてきましたが、結果的に企業体力があったPay Payに一本化されたということはLINE PayやPayPayなどを含むスマートフォン決済の競争がある程度の決着をみせて、次の段階、つまり「経済圏」での競争に移行したとの指摘もあります。
ただし、その経済圏ビジネスを巡り、ネイバーとの連携部分が原因で個人情報漏洩が相次ぎ、総務省から同社との関係見直しを求められているという問題があります。また、そういった問題から当初2024年内を予定していたLINEとPayPayのアカウント連携が延期を余儀なくされています。
LINEヤフーの経営統合で最も期待されているのはこの部分であることから、この問題の解決に時間がかかればかかるほどLINEヤフーが目論む経済圏構想に影響が出てくるのは間違いないと思います。
——楽天のモバイル事業の停滞はいかがですか
新井:これまでは先行投資の側面が多く、実際に赤字続きで堅調な売上を維持している楽天のネット通販事業や金融事業の足を引っ張っているとみなされてきた楽天モバイルですが、2022年度第4四半期単独での営業損益1,060億円から、2023年度第4四半期単独での営業損益は680億円と、1年のうちに赤字幅が大幅に縮小され、復調の兆しがみえつつあるというアナリストの見解もあります。
これは自社でのネットワーク投資を大幅に縮小、KDDIと契約してローミングをフル活用する方針に切り替えたことなどが功を奏したと指摘されています。家族割引施策を提供するなどして、契約回線数が好調に増えていることも好材料といえるでしょう。さまざまなサービスで経済圏を構成している楽天にとっては、より経済圏を強化し、あたらしい付加価値を生むためにインフラとしてのモバイル事業が必要不可欠なものとしています。
通信事業に参入当初から赤字続きで撤退の噂は都度話題にあがり、ここ数年はネット通販事業や金融事業でモバイル事業の穴埋めしているとの揶揄も受けてきましたが、必要不可欠なものであるゆえに多少無理をしてでも参入する必要がありました。ただ、先述の通り、赤字幅が縮小し、契約本数が伸びているなど、光明がみえてきたことも確かで、このままモバイル事業が黒字転換した際にはLINEと同じく経済圏から生活圏の形成へと推進していくことは間違いないでしょう。
——LINE、楽天、それぞれの課題を抱え、それらの解消がそれぞれの経済圏の強化につながるというところが共通項としてありますが、それぞれの目下のライバルとなりえる経済圏はなんでしょうか?
新井:それは間違いなく新Vポイント経済圏でしょう。本企画の冒頭でも述べた通り、すでにこれまで4大経済圏と呼ばれていたものが、2024年に入って新Vポイントがあらたに加わり5大経済圏と呼ばれるようになりました。
新Vポイントは会員数が1.54億人、これまでのTポイントの提携先に加え、Visa加盟店でもポイントが貯められ、さらに支払時に三井住友カードを利用すると「買い物ポイント」と「決済ポイント」の両方が貯まり、貯まったポイントはこれまでのTポイントの提携先とVisa加盟店の両方で使うことができるというもので、統合と同時に非常に強固な経済圏を形成することになりました。
その背景にあったのは決済分野における携帯大手などがポイント還元を前面に押し出してビジネス領域を拡大していることに対する警戒感があります。また、キャッシュレス決済の普及に伴って消費者向けの決済を巡る環境は大きく変化していて、ユーザー側もポイントや割引などの便益がある決済サービスを利用する傾向が強まっています。
三井住友フィナンシャルグループもその傾向を押さえてモバイル決済アプリをVポイント普及の柱と位置付け、日常生活に溶け込むようなポイントサービスを目指すとしています。
——これから各経済圏の競争はさらに加速していくのでしょうか?
新井:それもありますが、今、経済圏競争はある程度の過渡期を迎えていて、各経済圏を形成する企業側としては経済圏の形成の次の段階、生活圏の形成に尽力し始めています。
LINEでいうとLINEアカウントとPay Payアカウントの統合、楽天でいえばモバイル事業の黒字化など、いずれも経済圏の強化となりつつ生活圏の形成につながるものとしているはずです。そして、それらが実現した時には生活圏の形成、競争となっていくことになるだろうと思います。
Column1
PayPayはなぜ強い?PayPayが普及した4つの理由
PayPayが普及した理由として主に以下の4つのポイントがあげられる。まずは店舗側がPayPayアカウントを作成すれば、店舗のQRコードを印刷して掲示するだけでいいため、「導入コストが少ない」こと。クレジットカードの3%台からみれば手数料は半分程度という「決済手数料が安い」こと。店舗側がスキャンする方式を採用していれば「タッチ決済並みに快適」なこと。日常の決済のほとんどすべてがPayPayひとつでできるようになっている「決済時だけではない利便性」があること。
以上の4つがこれまでPayPayが普及してきた理由としてあげられていたが、今後はLINEアカウントとの統合も計画されていることから、それが実現した暁にはPayPayはさらなる強固な決済サービスとして日常に同化していくことが予想されるだろう。
Column2
楽天モバイルとLINEモバイルの現在地と今後の方向性
楽天モバイルに関しては本文でも触れた通り、これまでの自社ネットワークへの投資を縮小してKDDIのローミングをフル活用することによる経費削減と、家族割引施策による契約回線数の増加でこれまでの赤字事業から黒字事業への好転が期待されている。
楽天経済圏から楽天生活圏への形成にいたるための重要なファクターであることから、今後も楽天グループとしては注力事業になっていくだろう。一方のLINEモバイルに関しては2021年3月31日で新規受付の申込を終了したことから、現在はサービスが継続しているものの、今後の見通しとしてはサービス終了の可能性は否定できない。
LINEヤフーでは現在重複事業の整理を推進しており、すでにPayPayと重複するLINE Payの終了を発表していることから、整理対象としてLINEモバイルが検討されていても不思議ではない。
Profile
新井俊一
金融系業界誌で記者として10年のキャリアを経験。後に独立し、フリーの経済記者として各種メディアで活躍中。「DXを活用して中小企業がどう生き残れるか?」をテーマにセミナーも開催している。個人的にはポイ活にハマり中。
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