NFTを発行して関係人口の創出や移住者の増加を目指す山形県西川町。日本初の自治体発行NFTを発表した背景や目的を菅野大志町長に聞いた。
——西川町では2023年4月に日本初となる自治体発行NFTとして「西川町デジタル住民票NFT」を発表されましたが、このプロジェクトを開始した背景や目的についてお聞かせください。
菅野大志(以下、菅野):「西川町デジタル住民票NFT」を発行した目的・背景としては、西川町の関係人口を増やすことがあります。最終的にはNFTの購入者に移住してきてほしいという想いもあります。
移住してきてほしい主なターゲットは、いわゆる富裕層や若い世代の方々です。また、移住者を増やす取り組みの一環で、西川町では観光事業としてサウナの展開にも注力しています。こうしたターゲット層に被る領域が、まさにNFTだと考えたんです。
実際、大手調査会社が実施したアンケートを参照した際にも、私たちが求めるターゲット層がNFT市場とリンクする傾向にあると認識しました。そこで私たちがNFT市場にアクセスするにはどのような方法があるのかということを模索した結果、「西川町デジタル住民票NFT」を発行することとなりました。
——自治体としてNFTを発行し活用する構想はいつ頃から持っていたのでしょうか?
菅野:計画自体は私が省庁の職員時代から描いていました。日本の1,700超に及ぶ自治体のなかから西川町を選んでいただくためには、NFTを通じた関係人口作りがベストな手段であると思ったんです。
——西川町ではほかにもNFTを活用した先進的な取り組みが見受けられますが、Web3.0の技術を活用するメリットについてお聞かせください。
菅野:NFTに関心を抱いているユーザーが、私たちの求める理想のターゲット層であるという点でまず魅力を感じています。もう1つは、スマートフォンとの連携が可能である点です。
NFTにはウォレットが必要となり、スマートフォンやパソコンにインストールする場合が多いですよね。特にスマートフォンは誰もが最もなくしたくないものだと思います。そのスマートフォンと地方自治体がつながっている状況というのは、町の情報発信や町民が気軽に町のことを調べる上で極めて重要です。
実際、「西川町デジタル住民票NFT」を所有するコミュニティの方々に、私が直接メッセージを最低でも1ヵ月に1度お伝えしています。
——今年7月には町長、副町長への相談の権利をNFT化して販売されましたが、これはどのような背景で行ったのでしょうか?
菅野:「町長、副町長が自ら町のためにかせぐ」というコンセプトで、私たちに何でも相談できる権利をチケットNFTとして販売したのですが、ここでの収益を高齢者への支援策にあてる目的が背景にあります。
西川町の高齢化率は山形県のなかでも最も高く、約47%にものぼります。私自身も補助金のことを理解していく過程で、高齢者支援を目的に使えるものがなかなか存在しないということに気付きました。そうした状況下で高齢者の方々の健康寿命促進を図るために財源を増やすにはどうしたらいいかと考えた時に、ここでもNFTが役立つと感じたんです。
もちろん、デジタルやNFTというのを広く町民の方々にご理解いただくことは難しいということも認識しておりますが、「なんだかわからないけど、これで町の収益が上がっているんだ」「NFTのおかげでこんなこともできるようになったんだ」ということを感じてもらうことが大切だと思うんです。
また、私や内藤翔吾副町長がデジタル領域に強いというのもストロングポイントになると考えています。西川町が抱える課題・弱みと、それを解決するために次世代技術を使える人間がいるという強みが融合した結果、生まれたのがチケットNFTです。
ちなみに、この取り組みを通じて発行した「町長講演チケットNFTゴールド」は販売数5個で、1個50万円と高額ではあるのですが、販売から4時間で完売しました。このNFTを購入した方々は、私の時間をNFT1個あたり計12時間占有することができます。ここで得た収益が、実際に高齢者支援策にあてられます。
——実際にNFTの発行を行ったことで、西川町にはどのような効果や影響がみられましたか?
菅野:「西川町デジタル住民票NFT」を発行したことで感じたことは、“中毒性の強さ”です。
たとえば西川町としても注力しているサウナ事業にも共通点があるのですが、私たちは資金をかけて自然水を活用した水風呂を整備するなど、利用者の満足度向上に焦点をあてました。それはなぜかといえば、「1回でも行ったらまた行きたい」と思わせる中毒性を生み、西川町に足を運んでもらうためです。
先ほど「西川町デジタル住民票NFT」を所有するコミュニティの方々に情報発信を行う話をさせていただきましたが、ここでいう情報というのは本法初公開の先行情報となります。
たとえば、町のイベントに関する発表をコミュニティの方々に先出しするなど、お金には変えられない新鮮な情報をお届けするという取り組みを行なっています。ここでの重要なポイントは、「情報の面で誰も取り残さない」ということです。これが中毒性を生み、我々が発行するNFTはだいたい購入していただいている状況となっています。
当然、最初はNFTを発行することがどうして町のためになるのかという議論が議会などでもありました。その都度、「デジタル技術を活用することで西川町の財源確保にもつながるんです」と丁寧に説明していき、その結果「西川町デジタル住民票NFT」の担当部署である「かせぐ課」の創設にもつながりました。
効果でいうと、NFTホルダーの間で独自のコミュニティができたことで、ある程度まとまった団体が西川町に来てくれるようになりました。コミュニティのなかにもさまざまなレイヤーができ、なかには推し活のように西川町のことを発信してくれる人もいます。この間もボランティアを募集した時にNFTホルダーの方々が30人も来てくれました。
また最も驚いたのは、NFTホルダーの方々が法被や西川町の自作うちわを持参して起工式にも来てくれたんです。なかなか地元の方でも起工式に参加されることは少ないと思うので本当に驚きましたね。
——Web3.0の技術を使った今後の取り組みについてお聞かせください。
菅野:状況でいうとNFT関連の事業は非常に順調で、NFTを通じた西川町のファンづくりにもつながっています。町民の方々にも、「町がかせぐ課というのをつくってがんばっているらしいよ」ということが浸透しつつあると実感しています。
また、NFTの収益は高齢者支援の特定目的基金に入り、それを通じて実際に支援施策を行うことを条例化しました。ですので、私たちがNFTを活用した取り組みをがんばればがんばるほど、高齢者支援にあてる財源が増え続けるわけです。
これを続けることで、お金の面でだけでなく、気持ちの部分でも西川町に良い影響をもたらすことができるのではないかと考えています。
とはいえ、NFTの世界もまだ狭いですし、ホルダーの皆様とお話ししているとWeb3.0領域における日本の遅れを感じます。日本はNFTマーケットもまだ小さいですし、推進力も弱い。最終的にこの分野で日本はビジネスチャンスを失ってしまうのではないかという危機感を抱いています。
実際、国や政治家に対してそうした現状を伝える場がほとんどないため、町長である私などを通じて国に発信してほしいといった声もコミュニティ内であがったります。そうした声に耳を傾け、まずはできるところから変えていきたいという想いがあります。
今後の取り組みとしては、災害が発生した際などを想定して、NFTを交えつつスマートフォンやタブレットを持って避難するといった啓蒙を行いたいと考えています。今年1月に発生した能登半島地震を通じて、いかにこれらの連絡ツールを持って避難することが重要であるかを再認識しました。
また、災害時には役場職員の安否を把握することも困難な状況に陥る可能性が考えられます。その際に、町外にいながらも西川町のことをよく知っている人たちにボランティアを含め支援していただくことが極めて重要だと思います。こうしたことも見据えると、デジタル町民という存在は非常に有益だと感じていますね。
実際にボランティア登録をしてもらい、デジタル町民に参加していただくことを想定した防災研修会の開催も秋頃に計画しています。そこで役場職員とボランティアをつなぎ、有事の際の指揮系統などを確認できたらと考えています。
NFTは地方自治体への推し活、また「第2の故郷」という感覚を持っていただける次世代のツールだと感じています。西川町のことが好きで応援してくれるファンの方々に向け、今後もNFTを活用した取り組みを進めていきます。
Profile
◉菅野 大志(Daishi Kanno)
西川町・町長
西川町出身、2001年財務省東北財務局入局。内閣官房まち・ひと・しごと創生本部、同デジタル田園都市国家構想実現会議事務局などを経て2022年に町長就任。公務員と金融機関職員が交流する「ちいきん会」の運営や会社経営など、パラレルワークに取り組む。