
今回の金融庁ワーキング・グループ(WG)による報告書案は、日本の暗号資産制度を大幅にアップデートするための複数の重要な論点を提示している。制度刷新の中心には、①利用者保護の強化、②市場の健全性向上、③ガバナンス・セキュリティの高度化が据えられ、暗号資産交換業者を取り巻くルールが資本市場並みに整理されていく見通しである。
ここでは、報告書案で示された制度改革の全体像と、JVCEA・JBA・JCBAが連名で示した業界の対応方針を総合的にまとめる。
1. 金商法移行を見据えた制度再設計

今回のWG案の最も大きな特徴は、暗号資産交換業者を「資金決済法の枠組み」から「金商法ベースの規律」に近づける方向性が明確に示された点である。
背景には、暗号資産(仮想通貨)が単なる決済手段ではなく、投資対象・資産形成手段・ステーキングやレンディングを含む金融サービスなど、証券市場に近い性質を持ち始めたことにある。
WGでは、以下のような論点が整理された。
- 不公正取引規制の高度化(取引データの収集・分析)
- 審査プロセスの透明性・中立性の強化
- 顧客適合性の厳格化
- 責任準備金の制度化
- サイバーセキュリティ水準の重層化
これらは従来の資金決済法体制では十分に規律できなかった領域であり、暗号資産(仮想通貨)市場が金融市場としての性格を強めたことに対応した再設計といえるだろう。
2. 暗号資産審査プロセスの刷新(第3者性の導入)

現在、暗号資産(仮想通貨)の上場審査は、各交換業者が1次審査を行い、JVCEAが審査プロセスの適切性を2次的にチェックする構造になっている。
しかし、プロジェクトの透明性、技術仕様、リスク、事業者の説明責任など、審査の専門性が高度化していることから、「審査の高度化」と「中立性の確保」が重要な論点となった。
JVCEAは、WG案を踏まえ以下の改革に踏み込む:
- 外部の有識者を中心とした「暗号資産審査委員会」を新設
- 従来よりも詳細な技術・事業・市場リスクの分析を実施
- 各プロジェクトのホワイトペーパー、トークン設計、ガバナンス体制などを高度に評価
- 各交換業者の審査プロセスにばらつきが出ないよう標準化を推進
審査プロセスが第3者性を持つことで、利用者側の透明性は大きく向上し、特定事業者の判断に依存しない「業界標準」の確立が期待される。
3. 不公正取引の監視強化(JPXレベルの市場監視へ)

不公正取引は、国内暗号資産(仮想通貨)市場の最も大きな弱点とされてきた分野である。これまで、交換業者ごとに取引データを保持していたため、市場全体を横断して分析する仕組みが乏しかった。WG案と業界団体の声明により、以下の大改革が進む。
- JVCEA内部に「取引審査部門」を設置
- 各交換業者の注文・約定データをJVCEAが直接収集
- JPX-R(日本取引所自主規制法人)を参考にした市場監視基準を策定
- 相場操縦、インサイダー取引、風説の流布など不公正行為の検知体制を業界単位で強化
- 不公正な兆候が確認された場合は証券取引等監視委員会(SESC)と連携
これらは、暗号資産市場が初めて本格的に「証券市場並みの監視体制」へ踏み込むことを意味する。
4. 責任準備金の制度化と誤解の解消

WG案で最もSNS上の反響を呼んだテーマが「責任準備金」である。一部SNSでは「責任準備金が導入されたら業者が倒産する」「撤退が相次ぐ」といった極端な意見が拡散した。しかし、JVCEA代表理事の小田氏は、これらは明確な誤解であると指摘する。
- 責任準備金は証券会社では一般的な制度
- 「過度な負担にならないよう配慮する」と報告書に明記
- 交換業者の財務健全性向上につながる
- 利用者資産の保護・返還体制の明確化に寄与
むしろ、責任準備金が制度化されることで、日本の暗号資産交換業者は十分な財務基盤を備えているという信頼性が高まり、海外投資家やパートナー企業へのアピールにもつながるという見立てがWGでは立てられている。
5. 顧客適合性の運用強化

WG案では、暗号資産の投機性の高さを踏まえ、顧客適合性の徹底が求められている。
- 口座開設時のみならず、取引・保有限度額の設定を継続的に運用
- 利用者の資産状況・経験に合わせたリスク管理
- 暗号資産特有のボラティリティへの理解を促す説明責任を強化
JVCEAは、すでに対応できている事業者もある一方、業者間の運用差をなくすため基準の統一を進める方向。
6. セキュリティ対策の重層化と「自助・共助・公助」モデル

近年のサイバー攻撃は、個人のハッカーから国家レベルの組織へと高度化しており、暗号資産事業者に求められるセキュリティ水準は飛躍的に高まっている。
WG案と業界団体の声明では、以下の三段構えでセキュリティ高度化を進める。
● 自助:各交換業者の技術水準を引き上げる
- コールドウォレット管理の徹底(国内では100%相当)
- マルチシグ、HSM活用などの高度な保管技術
- 侵入検知、継続的ログ監視など運用レベルの強化
● 共助:業界全体の底上げ
- JP Crypto ISACと連携した脅威情報の共有
- セキュリティ関連企業・解析企業との協働
- ベストプラクティスの横展開
● 公助:政府・捜査機関・国際機関との協力
- 国際的な犯罪組織や国家的攻撃への対処
- 被害発生時の迅速なフォレンジック/資金追跡
この「自助・共助・公助」の3層モデルは、日本の暗号資産市場を継続的に高い信頼性へ導く基盤となる。
7. 自主規制団体 JVCEA(日本暗号資産等取引業協会)の体制強化

制度改革を支えるのは、法律だけではない。運用の最前線に立つ自主規制団体のガバナンスがカギとなる。JVCEAでは、以下を進める方針だ。
- 会費体系や財務基盤の再構築
- 金商法水準を満たすための人員増強(質・量)
- 審査・監視・基準策定などの内部機能を高度化
法律の施行を待つのではなく、事前準備を進める能動的姿勢を明示している点も特徴である。
8. 暗号資産の借入れ(レンディング/ステーキング)について

国内で普及してきたレンディングは、交換業者がユーザーから暗号資産を借り受け、対価として利回りを付与するスキームである。
しかし、返還原資の所在やカウンターパーティリスク、交換業者の財務状況など、ユーザーが本来知るべき情報が十分に開示されていないケースもあり、利用者保護の観点から改善の余地が指摘されていた。
一方、国内で提供されるステーキングは、本来の「ネットワーク参加による報酬獲得」という性質に対し、交換業者がユーザー資産を集約してバリデータに委任する“代行型”が主流となっている。
このモデルでは、スラッシングやバリデータの運用不備による損失可能性、報酬水準の変動性、委任先の透明性など、ステーキング特有のリスクが存在する。
WGでは、こうした実態を踏まえ、ステーキング・レンディング共に、利用者財産の制度化された管理、適切な体制整備義務、行為規制など、ユーザー保護の観点から規律を強化していく方向も考えられる。
さらに、両サービスに共通するテーマとして、顧客適合性の徹底があげられた。余裕資金の範囲を超えた投機的利用を避けるため、取引・保有限度額の設定や、ユーザー属性に応じた利用制限の導入も議論されている。これらの規律強化は、利回りサービスが長期的に持続可能な形で提供されるための制度的基盤となる。
今回の制度改革は、利回りサービスそのものを抑制するものではなく、むしろ、レンディングとステーキングを透明で説明可能な金融サービスとして位置づけ直すための再設計といえるだろう。
暗号資産(仮想通貨)特有のボラティリティやカウンターパーティリスクを前提に、ユーザーが適切な判断を行える市場環境を整備することが、制度の狙いである。これにより、利回り系サービスが日本市場において持続的に発展するための土壌が整いつつあるのかもしれない。
9. 仲介業について

仲介業についても制度整備の必要性が指摘されており、今回のWGではあらたな論点として注目された。近年、国内では暗号資産交換業者のサービスにとどまらず、他社取引所や海外サービスへのアクセスを間接的に提供する仲介型サービスが登場しつつある。
しかし、現行制度では仲介業の位置付けが明確ではなく、責任範囲やリスク説明義務、ユーザー保護の水準が曖昧なまま提供されているケースも見受けられる。
WGは、仲介業者がサービス提供者としてはたすべき役割を整理し、適切な登録制度や説明義務のルールを設けるべきとの方向性を示した。具体的には、仲介業者が利用者に誤認を与えないよう、
- どの事業者のサービスを仲介しているのか
- 資産や注文がどこで管理されるのか
- 法的責任はどこに帰属するのか
といった情報を明確に提示する必要がある。
さらに、仲介業者が海外サービスを接続する場合、当該海外事業者の法的遵守状況、資産管理の水準、ガバナンスの健全性などについて、一定のチェックが求められる可能性がある。
利用者側からみれば、仲介業は利便性が高い一方で、サービス提供主体の不明瞭さがリスク源となるため、制度上の整理は不可欠である。
仲介業に関する規律は、日本の暗号資産市場において新たなマネーフローやビジネスモデルを生み出す一方、利用者保護の観点で欠かせない制度的枠組みとなる。
今後、金融庁と業界団体が協議を進める中で、仲介事業者に求められるガバナンスや説明義務が段階的に具体化していく見通しである。
総括:制度・運用・技術を一体でアップグレードする改革

今回のWG報告書案と業界団体の対応方針は、単なる法改正ではなく、日本の暗号資産市場が次の成長段階に進むための“総合アップグレード”といえる。
- 審査プロセス
- 市場監視
- ガバナンス
- セキュリティ
- 利用者保護
これらを同時に引き上げる点が今回の改革の本質だ。