識者・佐々木俊尚氏にテクノロジーと社会の未来を幅広く訊ねる新連載。
第1回のテーマは「DX」
——「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉が聞かれるようになって久しいですが、いわゆる「DX化」が上手くいっている企業、いない企業があるように思います。
佐々木:まず日本の場合、『DX』の定義があまり明確ではないんです。それこそ70年代80年代にOA化があり、2000年ぐらいにIT化というのがあって、今2020年代DX化という言葉が流行っている。たとえばOA化というのは手書きの書類をコピーやFAXにしようとか、そういうもの。
IT化というのは今まで音声データでやり取りしていたのを、メッセンジャーやメールを使おうとか、あくまでツールをデジタル化するのがOAとかITだったんですね。
しかしDXというのは、デジタルによってビジネスモデルを再構築することで、ツールをデジタル化することではない、ということが本来の基本的な考え方なんです。そこがあまり理解されていないんですよね。
たとえば『リモートワークでズーム入れてるから、うちはDXが進んでる』っていう人が結構平気でいたり、『DXを導入』とかいってる人もいる。でもDXはツールではないから、別に導入するものでもない。会社、ビジネスそのものを変えるものなんです。
DXは「導入」するツールではなく、会社やビジネスそのものをデジタル技術で変革していくもの。
——本来の意味でDXとは、たとえばどのようなことを示すのでしょうか。
佐々木:たとえば自動車産業は今まで『ものづくり製造業』で、完成品の自動車を売るのが仕事でした。でも今後、自動運転化が進んでいき、レベル5といわれるような完全自動運転がいずれ実用化されてくる可能性があるわけですね。
そうするとドライバーは必要なく、人間の運転する車はイレギュラーだから、むしろ邪魔になります。そうなると、車を私有する行為にあまり意味がなくなってくる。すると完成品の車をオーナードライバーに売るビジネスモデルがなくなっていく。
そしてその時におそらく道路を走る車は、すべてが無人タクシーみたいな物になっている。じゃあ自動車会社の仕事って何なのかっていう話になるわけですよね。車を作ってそれを無人タクシーの運行管理をやっている会社に売るのか、それとも自らが無人タクシーの運行管理会社になるのか。
当然、自動車会社としては自分たちで無人タクシーの運行管理をして、そこで自分の車を使うという方法に進むだろうと。そして一部の判断は車でエッジコンピューティングするにしても、この時に車を運転しているのは車ではなくて、クラウドにあるサーバーが運転するという構造になる。
この時点の、『車』とは何なのか、という話でいうとスマホと同じで単なる端末でしかない。それこそがまさに、DXなんです。要するに、デジタルによってDXは「導入」するツールではなく、会社やビジネス そのものをデジタル技術で変革していくもの。
車というものが、今までの機械的な完成物を売るっていうモデルから、スマホのように中央でコントロールして全体を運行管理する仕組みに変わっていくという、これが典型的なDXなわけです。
——職種や業種、ビジネスそのものがアップデートされ変わっていくというようなことでしょうか。
佐々木:中小企業なんかにありがちですが『うちの会社もDX入れたらどうだ』とか部下に命ずるんだけど、1番 大事なのは経営者がマインドセットを変えて、会社の基本ビジネスをどう変えたらDXになるのか、ということを考えなくちゃいけない。それを部下にやらせるわけにはいかないわけですよね。
今の日本人って2000年代に入る頃からこの30年、すごくITやテクノロジーに後ろ向きになってしまった。特に古いやり方をそのまま踏襲している会社で全然DXが進んでいないという現実は、もうどうにも変えようがないかなってところがある。
高齢化社会と地方の過疎化、そこにスマートウォッチを組み合わせて生まれる、医療と健康のDXという未来。
——どうしてこの30年でそのような形になってしまっ たのでしょう。
佐々木:日本人がDX的なものの本質を理解できないのかと、いろいろ自分なりに分析して、あくまで実証的ではなく個人的な考えとして思っているのは、日本人っていうのはもともとテクノロジーを、指先の文房具ぐらいにしか考えてないのではないかということです。
江戸時代のからくり人形とか、ああいう世界から一歩も出てないんじゃないかと。だから手先は器用で、 職人芸で何か物を作る。たとえば美しい工芸品としてオーディオセットや家電製品を作るとか、そういう ことは得意だけど、一方で機械と人間を上手く組み合わせるみたいなね、そういう仕事がとても苦手。
一言でいうとプラットフォームが苦手なんですよ。プラットフォームっていうのは文房具ではなくて、人間がさまざまに行動する、たとえばコミュニケーションを取り合うとか、そういう物の基盤を作るっていうことですよね。その土台部分をテクノロジー化するっていう発想がないんです。
これはマインドセットを変えるしかないと思います。たとえばiPhoneが台頭する以前のガラケーがわかりやすい例ですが、UIとかに対する軽視がすごいじゃないですか、UIとかUXとかまったく気にしていない。ただ、そういっても若い世代は段々変わりつつある。
たとえばデジタル庁はワクチンの接種証明アプリとか作ってますよね。あれは外部の若手の、スタートアップの人を結構入れてるんです。そうするといきなり使いやすいUIのアプリができたりする。だから世代交代するしかないんじゃないかなと。
——反対に、今後DXとして将来性を感じる分野があればお教えください。
佐々木:高齢化社会と地方の過疎化が日本で急速に進んでいて『課題先進国』っていわれ方もしているんです。そして今後、単身の高齢者世帯はどんどん増えていく。どうやって孤独死や家のなかで1人、倒れているような事態を防ぐのかっていうのは、結構重要な話になってくるわけです。
たとえば今Apple Watchを着けている人が増えていて、性能も上がって機能も増えている。すでに血中酸素濃度や心拍は計測できて、今後は体温や血圧も常時測定できるといわれている。そうすると、身体のあらゆるヘルスデータ、健康状態のデータをビッグデータとして集めることができる。
これをAIに解析させれば、どういう身体の状態にある人が次にどういう病気になりやすいか、という分析も可能になってきます。これを高齢単身世帯が増えてくるっていう現実と上手く組み合わせると、入院したり亡くなったりする以前に、何らかのアラートを発して、それを医療機関や自治体と連動させて備える仕組が作れるんじゃないかと。
技術的には海外のプラットフォームの方が進んでいるけど、一方でそれを現実社会に上手く適応させる、応用させる所では日本のような課題先進国が色々実験の余地があるし、それこそ上手くやれば面白いビジネスができるんじゃないかっていう気がしてますね。
これはだから健康とか医療のDX。患者の身体と、医療機関をダイレクトにこう結んで、健康状態をビッグ データで、AIによって分析をしてしまうっていう、そういうやり方ですね。
Profile
◉佐々木俊尚
1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。毎日新聞記者、月刊アスキー編集部を経て、フリージャーナリストとして活躍。『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)など著書多数。
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