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佐々木俊尚の考える「デジタル時代における“旅の本質”とは?」 Tech and Future Vol.11

2024/11/28佐々木 俊尚
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佐々木俊尚の考える「デジタル時代における“旅の本質”とは?」 Tech and Future Vol.11

地元に溶け込む観光スタイルが主流に

デジタル化されつつある旅行と課題

──先日、リクルートの『じゃらん』が休刊を発表しました。現代の旅行計画では、紙よりもデジタルでの情報収集が圧倒的に便利ですが、「旅とデジタル」の関係性はどのように変わっていくとお考えですか?

佐々木俊尚(以下・佐々木):何を入口にするかによって変わってきますよね。たとえば、私は月2回ほど山登りをするのですが、登山は普通の旅行と違って時間が読めないのです。天候に左右されますし、一緒に山登りをする仲間の体力がなかったりすると、余計に時間がかかってしまいます。

最近はインバウンド観光客がすごく増えていて、電車がすごく混んでいるので、前もって特急列車や新幹線を予約しておきますが、帰る時間がわからないため、山を降りている途中にスマートフォンで予約変更しています。紙のチケットと違って、機動的に使えることがデジタルの1番の利便性だと思いますね。

ただ、「デジタル化された旅行」の膨大なノウハウは蓄積されてきているのに、意外とうまく活用されていないと感じています。私は福井県の敦賀に家を借りており、今年3月に北陸新幹線が開通したことで東京から敦賀まで1本で行けるようになったのです。

でも、東京から金沢までは「えきねっと」で新幹線予約ができるのに、東京から敦賀までになるとできない。それでいて、なぜか「WESTERポータル」では予約ができるのです。

付け加えると、先日JR東日本のシステムがダウンした時に、「JR西日本のJRおでかけネットを使えばチケットが買える」というのがX(旧Twitter)上で話題になっていました。JR東日本とJR西日本、そしてJR東海の「スマートEX」と、全部で3つのアカウントを作っておけば、仮にどれかが使えなくなっても替えが効くわけです。小田急や東武、西武鉄道といった私鉄の特急列車も、すべてチケットレス対応しています。こうした豆知識が大事だと思います。

新幹線で移動中も「どこで電波がつながるか」を事前に知っておくといいでしょう。トンネルでネットがつながりにくい時は本を読む、電波がつながっている時にPC作業をするなど、細かなライフハックを蓄積していくと、デジタル化によって旅行はすごく快適になっています。

その一方で、Suicaはガラパゴス化しており、日本でしか普及していないのが最大の問題です。インバウンド需要がさらに高まることを考えると、今後はクレジットカードのタッチ決済とPayPay、交通系ICカードの3つに集約されていくと予想しています。

──佐々木さんは過去に「TABI LABO」の共同編集長を務めていました。当時と今では旅に対する考え方がどのように変化しているのでしょうか?

佐々木:旅行スタイルのアップデートは2015年くらいからいわれ始めています。国土交通省も2019年に「ウォーカブルシティ」を掲げていますね。観光名所に行くのではなく、滞在しながら、普通の町を観光する旅行スタイルが注目されつつあります。コロナ前からオーバーリズムが叫ばれ、各地の有名な観光地はどこも人だらけという状態が定常化しています。

加えて昨今は、円安の影響でホテルの宿泊代が高騰しています。そのため、今はホテルに泊まるよりも、Airbnbでキッチン付きの物件を借りて自炊するスタイルの方が断然いい。地元のスーパーで食材を購入し、それを調理してご飯を食べるなど、“その町の住人になりきる”ことが肝です。

デンマークはアンダーツーリズムを提唱しています。何もないとされる町でも美味しいご飯や気持ちのいい景色、ふらっと立ち寄れるカフェがたくさんある。あらたな魅力や見どころを、発見することに関心が集まっています。

今の時代、観光名所や絶景スポットはSNSにたくさん写真がアップされているので、行く前からある程度何があるかわかってしまうのですよ。要するに、“再確認”でしかないわけです。有名観光地を避ける傾向はInstagramでも5年くらい前からあらわれており、「キラキラブームの終焉」なんていわれたりしていますよね。ビリー・アイリッシュが台頭してきて、自身の悩みや辛さをあらわした楽曲が流行り出したのもオーバーラップしていると思いますね。キラキラじゃなくて、自分の内面にある感情や実生活のリアルが求められているのでしょう。

SNS映えからリアルへの原点回帰

“乖離”への違和感

──確かに「盛り」や「映え」を追いすぎてSNS疲れを感じてしまう側面もありますよね。

佐々木:映えじゃなくて、ありのままの生活を切り取るのがいいと思う人が多くなっているんでしょうね。それでいうと、駅ビル内のお土産物屋のありようも、ひと昔前と比べて結構変わっていますね。いわゆる典型的な地方銘菓の商品はあまり好まれなくなってきている代わりに、地元で愛用されている味噌や醤油といった調味料を揃えるお店がすごく増えてきている。結局それって、「旅行とは何か」という原点の話になってくるわけで。

近代の旅行が始まったのは19世紀の英国です。鉄道が初めて敷設され、ロンドンからマンチェスターまでの鉄道旅行が浸透していきました。日本でいえば、戦前は「伊勢神宮へ参拝に行く」といった宗教と絡めた旅しかなかった。それが戦後の高度経済成長で暮らしが豊かになっていき、社員旅行を実施する企業が徐々に増えていきました。月々1,000円くらいのお金を積み立てながら、年1回新幹線に乗って熱海へ行くとか、そういうレベルです。熱海では、社員旅行向けの巨大旅館が次々と建てられ、大広間に大勢の社員を集めて一斉に乾杯する。余興で歌謡ショーを楽しむというノリが昭和の旅行でした。

そこから、個人による観光旅行が主流になってくるにつれて、旅行者は慰労や宴会ではなく「観光向けのコンテンツ」を旅先へ求めるようになります。たとえば、富士山の5合目でお土産物屋に入ると、富士山の麓の人は誰も食べていないような商品が大量に売られている。これがコンテンツ化です。観光旅行が中心になった瞬間に、地元の本来の感覚と観光地は乖離していくわけです。

今、こうした“乖離”になんとなく違和感を抱くようになってきているからこそ、本当の地元の感覚に近付きたいという気持ちが高まっているのではないでしょうか。「自分の地元ではこんなものを食べている」というリアルがSNSで伝わるようになったのも大きいですよね。ありきたりの観光地化された場所ではなく、あたらしいローカリティを求める旅行スタイルへの関心が高まっているといえるでしょう。

──『じゃらん』の休刊とは対照的に『地球の歩き方』は独自の付加価値を見出して高い評価を得ていますが、佐々木さんはどのような所感を持ちましたか?

佐々木:『地球の歩き方』の群馬版や世田谷版を実際に買って読んでみたのですけど、情報量が半端ないと感じました。基本的に旅行情報誌って、誰でも知っている観光情報しか載っていないですし、情報量は全然インターネットに勝てません。ですが『地球の歩き方』には異様に情報が凝縮されていて、Googleや食べログを上回るほどの情報量になっています。紙媒体は衰退しているといわれていますが、人々は利便性の高いポータルサイト的なものを望んでいるのではと思いますね。

昔は雑誌の『ぴあ』をみれば、映画もアートも芝居も文化的な情報の入り口はすべてそこに集約されていました。しかし、『ぴあ』がなくなり、情報が分散してしまったがゆえに、映画や音楽といったエンタメ情報は「何をみたらいいかわからない」という状態になっています。これは旅行にも当てはまるわけで、1つ1つのお店の情報はGoogleマップとかに集約されているんだけど「どこで食べて、何をする?」というのが掴めない。そういう意味では、『地球の歩き方』がネットの情報よりもマニアックで濃い情報をポータル的に集約しているのは可能性を感じましたね。

※1:世界中のあたらしい価値観に“旅するように”出会えるがコンセプトの NEW STANDARD 株式会社が運 営する Web メディア
※2:沿道と路上を一体的に活用し、人々が集い憩い多様な活動を繰り広げられる場へするための国土交通省の取り組み
※3:世界191ヵ国以上で利用されている民泊施設の予約サービス
※4:観光地として注目されていないローカルな場所や穴場スポットへの旅行
※5:Z世代を中心に世界的な人気を誇る2000年代生まれの女性シンガーソングライター


Book Review

『この国を蝕む「神話」解体 市民目線・テクノロジー否定・テロリストの物語化・反権力』

「権力は常に悪」「庶民感覚は常に正しい」「弱者は守られるべき存在」「人工的なものは危険」「自然由来が最良」…日本の社会に居座り続けている古くさい価値観。先端テクノロジーの進化と逆行している“神話”を解体し、未来を思考する道標としての最新論考。

佐々木俊尚(著)徳間書店(2023/9/28)


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