佐々木俊尚氏にテクノロジーと社会の未来を訊ねる連載企画。
第2回のテーマは「デジタル世代間ギャップ」
——年齢によってデジタル機器への距離感や親密度が異なる「デジタル世代間ギャップ」は度々話題になるテーマです。そもそも、そのような「ギャップ」は実際にあるとお考えでしょうか。
佐々木:過去のさまざまな学術的な研究では、高齢者であるからITやデジタルに弱いということはない、ということが指摘されています。高齢者であっても、必要があればデジタルツールも使いこなす、ということですね。
一方で、確かにあたらしいテクノロジーが出るとそこに抵抗意識を持つ高齢者は多くいます。この背景にはあたらしい物に対して『恐怖心を煽る』ことをしがちなテレビなどマスメディアの影響も大きいのではと思っています。
たとえばAIが普及してくると『人間が支配されるかもしれない』みたいなことをコメンテーターの人がいったりする。だからテレビに親和性が高い高齢者が、そういう情報に流されやすいという傾向はあるのではないかと思います。
ただ、テレビから情報を得る人は減ってきていて、今の30代40代は、もうインターネットが中心になってきている。だからこれは『年齢』の問題ではなく『世代』の問題なのではないかと思いますね。
2000年と2010年という2つのフェーズでデジタルに対する「世代差」が生まれている
——その「世代」がわかれるポイント、フェーズとしてはいつの年代が考えられるでしょうか。
佐々木:1つ目のフェーズとして、インターネットが日本に流れ込んできたのがWindows95発売の年、1995年ですよね。その前後からインターネット以外でもMicrosoftのOfficeソフト、WordやExcelなどもそのあたりから普及してきています。
普通に会社で業務にパソコンを使うようになったのは、僕らなんかの経験では大体2000年ぐらいからかなと思います。2000年を目安にすると、当時30歳の人が今もう53歳ぐらいなわけです。だから今の現役世代はほぼ、パソコンにもインターネットにも慣れている。
そして第2フェーズとしてはSNSが普及する2010年ぐらいだと思いますね。2011年の震災が引き金になって、Twitterが情報収集に役立つということで一気に広まり、追随するようにFacebookも広がった。そしてSNSとセットで広がったものにスマートフォンがあります。
2000年頃には『デジタル・デバイド』という言葉がありました。当時はパソコンを使ってインターネットを使える人と、それができない人の間で情報格差が広がっている、という議論も多くあったんです。ただ実際には、この話題は2010年頃からスマートフォンが安価に入手できるようになり広まったことで消滅したのかなと感じます。
一方で、これは普及した言葉ではないんですが、スマートフォンとSNSの時代に全員がインターネットにつながるようになると、今度は『ソーシャル・デバイド』が起きてるんじゃないかという懸念もあります。
——「ソーシャル・デバイド」とはどのようなことをあらわしているのでしょうか。
佐々木:情報というのはそれまで新聞テレビ雑誌とかで得られていた。新聞テレビ雑誌は媒体数も限られているじゃないですか。だから何かについて調べようと思ったら誰でも大体等しく同じような情報が得られたわけです。
ところが、その情報がインターネット上にすごい勢いで増えていって、なおかつSNSで情報を得るようになったというのが2010年代の大きな特徴ですよね。そうすると誰と誰をフォローしているのか、誰と友達なのかによって、流れてくる情報がまったく違う。さらに『何をよくみているか』のAIによるアルゴリズムが加わるわけです。
つまり、平等にみんなが同じタイムラインをみているわけではなく、『エコーチェンバー』といわれるような情報の島宇宙化みたいなことがSNSの時代になって起きやすくなっている。そうすると、どこまで適切な人をフォローしているか、適切な情報を普段からどこまで追っているかによって、情報の格差が明らかに表出するようになっている。ということを『ソーシャル・デバイド』と呼んでいるんです。
▶︎エコーチェンバー
似た思想や意見の人々が集まることで、同じような意見や思想が共有されやすくなり、社会全体では極端に偏った思想や意見でも正解であるかのように錯覚しやすくなる現象。「誰と話しても自分と似た意見が返ってくる」という状況を閉じた小部屋で音が反響する物理現象にたとえたもの。SNSでは自分と似た興味や関心を持つユーザーとつながる割合が高く、この現象が頻繁に懸念されている。
どの年齢を過ごしたか、で生まれるメディア・リテラシーの差と「ソーシャル・デバイド」
——ソーシャル・デバイドに関しては、世代差というのは存在しているのでしょうか。
佐々木:そこはまだ不透明なところがあります。ただ、陰謀論ってよくYouTubeとかで流れてるじゃないですか。ああいう陰謀論に騙されてるのって高齢者が多いという話があるんですね。
これは慶應義塾大学の田中辰雄さんという方がいっているんだけど、今の高齢者はテレビや新聞で育ってきた世代で、テレビ・ネット関わらずメディアに載っかっている情報は信頼できるという思い込みがあるという話です。そうするとYouTuberの陰謀論を軽々信じてしまう人も多くなる、という指摘はされています。
今の20代30代など、物心ついた頃からSNSやYouTubeがある世代だと、端からインターネットの情報は嘘くさいという前提知識があるので、いきなり信用することはあまりない。これも年齢というより世代の問題だと思います。インターネット、デジタルが普及し始めてちょうど30年近くになります。
この30年程の間にどういう年齢でそこを過ごしたか、それによってリテラシーの基本姿勢などが変わってくるのではないかと思います。
——「デジタル・ネイティブ」といわれる若者たちでも、一方ではパソコンを触ったことがない人が多いという話も度々話題になります。
佐々木:これもそもそも、パソコンを触る必要があるのかどうかという議論、パソコンがいつまで続くのかという問題もあるわけですよね。長らくパソコンは『GUI(Graphical User Interface)』をマウスとポインタ、そしてキーボードで操作する、という方法が中心で、スマートフォンもタッチスクリーンとしてその仕組みを踏襲しています。
しかし、今年に入ってChatGPTを始めとする対話型AIが登場してきて、今はテキストの文章ですが、間もなく音声で入力できるようになります。それを指してビル・ゲイツが『GUIの発明に続く大きな変化だ』といっている。今後は自然言語でコンピュータとやり取りしていくのが当たり前になるだろうと。
加えて今AppleがVision ProというARゴーグルを発表しています。Vision Proの発表で面白いと思ったのは、Appleは一切『メタバース』も『アバター』についても話してないんです。つまりパソコンのGUIの次に来るのが、VR上のジェスチャー操作であるという発想なわけです。
だからおそらく将来的には、デジタルのUIはジェスチャーと音声に変わっていくんじゃないかなと。だから今の、スマートフォンやパソコンを使える、使えないというのは、単に過渡期の現象でしかないかなと感じています。
——今後、そうしたテクノロジーの変化によって、デジタル世代間ギャップのようなものは減っていく傾向になるとお考えでしょうか。
佐々木:間違いなくそうなっていくでしょうね。冒頭で話したように、そもそも高齢者だからデジタルを使えない、というのは幻です。そしてUIはどんどん洗練されている。
そうすると段々、人間が普通に人と話して暮らすかのように、デジタルを操作できる時代に変わっていくんじゃないかなと。そうなれば、デジタルを『使える、使えない』のような議論はなくなるのではないかなと思います。
Profile
◉佐々木俊尚
1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。毎日新聞記者、月刊アスキー編集部を経て、フリージャーナリストとして活躍。『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)など著書多数。
関連記事
佐々木俊尚の考える「DXが広がらない理由と背景」 Tech and Future Vol.1
佐々木俊尚の考える「AIと人間の"対話"」 Tech and Future Vol.3