──映画『5秒で完全犯罪を生成する方法』の脚本を最初に読んだ時、どのような印象を持ちましたか?
近藤亮太(以下、近藤):すごく現代的だなと感じました。これまでの企画は、最終的に脚本を書くのは脚本家さんだとしても、自分の頭で考えて、企画の出発時点で自分が発想しているものが多かったです。しかし、岡田道尚さんが書かれた脚本は、キャラクターの描き方、物語の運び方、テーマの取り扱いなど、あらゆる面において、自分には思いつかなかった面白さがありました。
──近藤監督の作品には、「何かいるかもしれない」という不気味な怖さや無音の間が独特に使われている印象があります。それも今回の作品に散りばめられているなか、脚本の岡田さんと近藤監督との間で、良い意味でのギャップはどこに感じられましたか?
近藤:キャラクター1人の解釈の仕方をとっても、結構違う目線でみているなと感じました。私は普段ホラー作品に携わることが多く、どちらかといえばエンターテインメント寄りの内容というわけでもありません。
一方、岡田さんはより大衆に開かれたエンターテインメントのキャラクター造形を行う印象です。ですから、まずは岡田さんが作ってくださっている領域の、しっかりした骨格とドライなところに、自分なりの人間の見方をすり合わせていくような作業がありましたね。
.jpg?w=1200&h=800)
──岡田さんがキャラクター像を作り上げ、そこに近藤監督が息を吹き込むような行程があったかと思うのですが、ここではどのようなことを意識されたのでしょうか?
近藤:最終的に監督としての私の仕事は、俳優がこの脚本やキャラクターの設定を受け取った時に、それをどれだけ人間的に落とし込んで魅力的にしてくれるかという演出の領域です。物語の機能としては完璧に仕上がっている状態でしたので、私は私自身が考える人間性のようなものを加えていくことを意識しました。実際、「物語上は一切言及されていないが、本当はこういう面もあるのではないか」という要素をちょっとずつ足していくことが多かったです。
この作品はAIをテーマにしたものですが、根本的な部分は“人間性”に関するお話だと思っています。登場人物が何を犠牲にしているか、何を失うことをおそれているかということを表現していく物語だろうと解釈しました。
「何を失うことをおそれているか」という点では、“兄妹の関係性”があげられます。たとえば私にも兄姉がいますが、家族を大切だと思っている気持ちと、その一方で仕事を大事に思う気持ちは時に葛藤を招きます。妹の幸来(さら)にしても、兄である航(わたる)が大事だという前提はありつつも、やはり彼女なりに夢があるはずだと考えました。
初期段階では、幸来の将来の夢という設定はありませんでした。そこで私から提案し、幸来がパティシエになりたいという夢を持っていることを強く打ち出すようにしました。
物語の流れには大きく影響しないのですが、彼女ら一人一人が持っている「時間」のようなものが多少感じられると、よりこの作品の面白さを引き出せるのではないかと考えたからです。そのため、各キャラクターに対して「ここをプラスできると人間味が感じられるのではないか」ということをかなり提案しました。