任天堂が「任天堂IPに触れる人口の拡大」に力を入れているように、近年のゲーム業界ではIP戦略が重視されている。そもそもIPとは何なのか?なぜそれほど重視されるのか?
前号のメタバース企画に続いて、 ゲームに詳しいライターA氏と、ゲーム開発者であるB氏に、「ゲームIP」について語りあってもらった。
IPタイトルは集客しやすく売り上げの見込みも立つ
だからゲーム会社はIPの確立を目指している
A氏:2023年のゲーム業界は、『ゼルダの伝説ティアーズオブザキングダム』や『ファイナルファンタジー16(以下、FF16)』といった、いわゆる大型IPタイトルがヒットしていて、大いに賑わっているようにみえます。また、最近でいえば任天堂が人気IPを映画化した『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』で大成功を収めていますね。
近年、任天堂が決算資料などで『IP戦略の拡大に力を入れる』と明言するなど、IPタイトルへの注目度が増しているように感じます。そこで本日はゲーム会社のIP戦略について聞きたいのですが、そもそもIPとは何なのでしょうか?
B氏:IPという言葉は、知的財産を意味します。一般的にはゲームやアニメ、漫画などの著作物のなかで、たくさんの人が知っていて人気があるもののことですね。ゲーム業界の場合は、大ヒットしたタイトルやキャラクターをIPと呼びます。『ゼルダ』や『スーパーマリオ』、『FF』はこれに当てはまるので、IPだといえるでしょう。
A氏:ではなぜ、IP戦略という言葉が生まれるほど重視されているのでしょうか?
B氏:簡単にいえば、シリーズものの方が集客をしやすく売上の見込みが立つからです。『スーパーマリオ』というタイトルが付いている作品と、そうではない完全新作タイトルでは、前者の方が売れる見込みがありますよね。
だから、ゲーム会社は自社の作品をIPとして確立していく努力をしています。また、IPにはアニメ化や漫画化、グッズ販売といった別ジャンルへの展開によって収益を獲得できるというメリットがあります。
A氏:でも、任天堂の直近の決算をみると、年間売上高1.6兆円のうちゲームハードとソフトが1.54兆円を占めていて、『モバイル・IP関連収入など』は510億円になっています。この数字は2022年4月から2023年3月の数字なので映画の収益は入っていませんが、それでも業績からみればIPの収入というのは、わずかなものでしかないようです。
B氏:そうですね。ゲーム会社がIPをゲーム以外のコンテンツで展開する場合は、他社にIPを貸し出して売上の一部をロイヤリティとして受け取る形が多いので、収益としてはそれほど多くはありません。なので、売上自体に大きな期待をかけているわけではないでしょう。それよりも重要なことは、IPを多方面に展開することで、単純接触効果を期待できる点です。
A氏:もともと興味がなかった物事や人物でも、複数回接触を繰り返すことで、興味を持つようになる心理的現象のことですね。
B氏:そうですね。たとえばゲームの『ポケモン』をプレイしたことがない人でも、『ピカチュウ』のことは可愛いと思うし、なんとなく好感を持っていますよね。これはアニメ化を始めとしたメディアミックスが成功しているからです。
そうやってキャラクターやタイトルに興味を持った人は、ゲームの続編をいつか買ってくれる可能性が高まります。つまりIPとしてゲーム以外のコンテンツを作るのは、最終的にゲームの売上に返ってくるという期待があるからなんです。
IPの多方面展開には「新規ユーザーの獲得」と「既存ファンの つなぎとめ」という役割がある
A氏:まったく聞いたことがない作品よりも、聞いたことがある作品の方が親近感が湧きますもんね。IP戦略としてアニメ化や漫画化、グッズ化の話が出ましたが、ほかにはどういうものがあるんですか?
B氏:最近はリアルイベントを展開するケースが増えていますね。たとえばスクウェア・エニックスは『FF16』を宝塚で舞台化することを発表しています。過去にも『サガ』シリーズや、スマートフォンゲームの『トワツガイ』を舞台化していますね。
また、『ラブライブ』や『バンドリ』、『アイマス』といったアイドル作品やバンド作品は、キャラクターに声をあてている声優が出演するライブイベントを、頻繁に開催しています。
イベント自体で収益を獲得するという目的もありますが、ファンのIPへの愛を喚起して長期的にコンテンツに課金してもらうため、という目的もあるでしょう。今風にいえば、推してもらえるようにコンテンツを供給し続けるということです。
A氏:なるほど。IP展開は、既存ファンに向けたファンサービスという側面もあるんですね。たしかに、好きになったコンテンツのグッズはほしくなりますし、アニメ化や漫画化 などで継続的にコンテンツが供給されることで、IPへの愛というか忠誠心を保てるという面もあります。
B氏:そうやってファンの熱を保っていれば、IPの新作ゲームが出た時に買ってもらえる確率が高まりますよね。そうやって長年にわたってコンテンツを供給し続けて、根強いファンを作ったタイトルがIPと呼ばれるようになるんです。
ただし、IPという言葉がもてはやされるようになったのは、せいぜい10年ほど前からです。『スーパーマリオ』や『FF』 が始まった頃はIP戦略なんて言葉は存在していませんでした。結果的にゲームがヒットして続編をたくさん発売できた作品が、今になってIPと呼べる存在になっているに過ぎないという見方もできます。
近年は、企画段階からメディアミックスも込みで戦略的にIP化を目指すのが当たり前になっている
A氏:生存者バイアスというやつですかね。では、今から狙ってIPを作り上げるのは不可能なのでしょうか?
B氏:もちろん近年になって生まれたIPもあります。ただし、その難易度はかつてよりもはるかに高くなっていて、成功しているものはほぼ企画時点でメディアミックスを前提にしているものですね。たとえば『ラブライブ』は当初から小説、漫画、ライブイベント、アニメ、ゲームなどへの展開を予定していたはずです。
また、今や大型IPへと成長した『ウマ娘』も、メディアミックスを前提にしたプロジェクトでした。プロジェクトの発表が2016年で、そこからアニメや漫画が発表され、3年間の事前登録期間を経て2021年にゲームがリリースされています。
本命であるゲームがリリースされるまでの開発費用やIP展開費用だけでも莫大なものになったはずなので、それを耐えきれるほどの資金力を企画時点で持っていないと、なかなかIPを確立できないという例ですね。
最近の例では、2023年春クールに放映されていた『ワールドダイスター』というアニメは、7月にスマートフォンの音ゲーとしてリリースが決定しています。
このように近年のIP戦略というのは、ヒットしたゲームを多方面に展開するようなものではなく、ゲームも含めた多方面展開でIPを確立しようというものなんです。ただし、このような手法はゲームだけを開発するよりも、多くの初期投資が必要になります。失敗した時のダメージも大きいのでハイリスクなチャレンジといえるでしょう。
A氏:すでにIPを持っている老舗のゲーム会社と、あらたにIPを作ろうとしているゲーム会社は戦略に違いがあるんですね。そうやって聞くと、すでにIPを持っている企業はものすごく強い立場にいるように思います。
ただ、正直なところIP作品でも、失敗する例は多いですよね。ネット上では、スクウェア・エニックスがIPをスマートフォンゲーム化してもすぐにサービス終了してしまう、なんて声も多いです。
多産多死のスクエニと過保護にIPを守る任天堂
B氏:スマートフォンゲーム市場は近年生まれたものなので、会社ごとに戦略が違うという前提があります。スクウェア・エニックスの場合、2010年代前半までは『ドラクエ』や『FF』は使わず、完全新規タイトルを大量にリリースしていました。
その後、ある程度スマホゲーム市場の様子がみえてから一気に運営型のIPタイトルを投入する、という戦 略をとったんです。その結果、『ドラクエウォーク』のような大ヒットタイトルを生み出しつつ、1年ほどで終了するタイ トルもある、という状況ですね。
A氏:いにしえのゲームファンとしては、IPをスマートフォンゲームに使われることに抵抗があります。IPを使うメリットはあるんですか?
B氏:スマートフォンゲーム市場も今や飽和状態になっていて、完全新作タイトルが集客するのは大変なんです。そんななかでIPを使えば、マーケティング費用を億単位で削減できるというメリットがあります。
さらにいえば、据え置き型のコンシューマゲームの開発費用は数十億円にものぼることがありますが、それに比べればスマートフォンゲームは低い予算で作れるので、いっぱい作ろうということでしょう。そうはいっても、今や運営型スマートフォンゲームの開発費用は最低でも2~3億円規模になっていますが。
A氏:そういわれれば少しだけ納得しますが、やはりIPを食いつぶして会社の評判を下げているようにも 思えます。
B氏:そもそもゲーム開発において、百発百中でヒットするなんてことはありえません。ならば数を打って、そのなかからヒット作を生めばいいというのがスクウェア・エニックスの戦略なのでしょう。いわば多産多死戦略ですね。それでも、ヒットタイトルが生まれれば会社として十分にプラスになる、という算段でやっているはずです。
スクウェア・エニックスは老舗のゲーム会社のなかでも、特にIPをスマホゲームに投入している数が多いので悪印象が広まっているのでしょう。セガの『サクラ革命』が半年で終了したように、IPだからといって絶対に成功するわけではないのは、どの会社も同じです。
そんななかでも、スマートフォンゲームの『ロマサガRS』がヒットしたことでサガがIPとして復活していて、過去作のリメイクが作られるようになっています。いわゆるゲー ムファンにとってもプラスになるケースもあるんですよ。
A氏:会社にとってもファンにとっても、ハイリスク・ハイリターンな戦略をとっているんですね。逆に任天堂はほとんどスマートフォンゲームを出していませんし、出してもあまり課金要素が多くない仕組みになっていますね。
B氏:任天堂も2015年にソーシャルゲーム大手のDeNAと提携を発表するなど、スマートフォンゲーム市場に力を入れる素振りをみせていましたが、現在もスマートフォンゲーム投入には慎重なままですね。据え置き市場で十分に稼げているので、あえてハイリスクな市場にIPを投入する必要はないのでしょう。
我が子を千尋の谷に落として生き残ったものを育てるタイプのスクウェア・エニックスと、我が子を大事に育てて危険な場所にはいかせない任天堂、という感じでしょうか。セガやバンダイナムコはその中間で、ほどほどにIPをスマートフォンゲーム市場に投入しています。
ただ、全体としては完全新作よりもIPの方が、ゲーム会社も慎重に作っているはずですよ。自社IPの場合 も、出版社から人気漫画のIPを借りて作るような場合も、やはり失敗した時の痛手が大きいですから。
結局ゲームが面白くなければヒットすることはありえない
A氏:あらたにIPを確立するのも、決して簡単ではないですよね。最近、有名YouTuberのはじめしゃちょーが制作に関わっているという触れこみで『かみながしじま』というスマートフォンゲームがリリースされまし た。このタイトルは漫画化などのメディアミックスもすでに始まっています。
ただ、ゲームは非常に不評でリリースから1ヵ月ほどで売上ランキング500位以下に沈んでしまいました。 なぜこのような失敗が起きるのでしょうか?
B氏:ゲーム作りは簡単ではない、という一言に尽きます。はじめしゃちょーが3年近く携わったそうですが、実質的にはゲームの世界観を大雑把に考えたり、『このゲーム面白いからこれっぽいやつで』という要望を出したり、という程度の関わり方でしょう。
ゲーム会社はインフルエンサーの名前を使って初期の集客をしたいという狙いがあったはずで、それは一定の成果を収めているはずです。ただ、結局ゲームが面白くなければどんな有名人を起用しても、ヒットすることはありません。
このゲームは『デッドバイデイライト』に代表される非対称型対戦ゲームと呼ばれるジャンルですが、単純に既存作品よりも優れている部分がないので、致し方ない結果ですね。何をするにも動作が重いですし、UIも褒められたものではありません。
リリース直後に不評だったスマートフォンゲームがのちに大ヒットした、という例はほとんどないので、IPの確立という意味ではすでに厳しいでしょう。
A氏:ゲーム作りも大変だし、IP作りはさらに大変だってことですね。これからは、つまらないゲームに出会っても、少しだけ優しくなれそうです。
Profile
◉A氏
40代独身のゲームライター。仕事以外の時間をすべてゲームに捧げている。好きなゲームは『シティーズスカイライン』と『モンスターハンターライズ:サンブレイク』。最近プレイしたゲームは『FF16』。感想は「アクションもグラフィックもストーリーも好みで、久々にRPGをやりきったという気分」。
◉B氏
大手ゲーム会社のディレクター・プランナーを経て、現在は開発受託がメインのゲーム企業に在籍。30代既婚。好きなジャンルはFPSとアイドル育成モノ。2年かけて『APEX』のランクをダイアモンドまで上げたが、最近は反射神経の衰えを感じている。最近ハマっているのは『ウマ娘』で、推しはライスシャワー。
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