VTuber、インフルエンサー、クリエイターの持つ才能を最大限に引き出し、新時代のビジネスへとつないでいく。
——現在代表取締役を務めている「ClaN Entertain ment(以下:ClaN)」の立ち上げに至るまでの経緯についてお聞かせいただけますか。
大井 :2017年に日本テレビに新卒で入社をして、1年目の10月くらいに新規事業の提案をしました。当初はYouTubeの事業として提出したんですが、それだと当時でも扱う幅が広過ぎたので、より範囲を絞る必要がありました。
YouTubeのさまざまな動画をみるなかで、たまたまキズナアイさんをみかけて衝撃を受けたんです。アニメでもなく、既存のリアルなものでもない。何かバーチャル空間のなかでバーチャルキャラクターが登場していて、そこに多くの人が熱狂している。
しかもコメントをみると日本だけではなくて世界中の人も楽しんでいる。そういうところも含めてすごく魅力的で、あたらしいエンタメのジャンルになり得るというか、ここにかけてみようと直感で思いました。
そこでVTuberの事業として再提案したんです。VTuberは当時、世間的にも日本テレビ的にも、『よくわからないもの』ではあったのですが、勢いはあって今後伸びるだろう、というコンテンツでした。こうして入社2年目の6月にVTuber事業案が通り、同年の8月から社内事業としてスタートしました。
——新規事業を起こしたいということは、入社以前から考えていたのでしょうか。
大井 :そうですね。入社の時から少し変わっていて、何か『エンタメ・ビジネス』をやりたいという漠然とした気持ちがありました。なぜテレビ局という進路を選択したのかと聞かれれば、僕自身がもともとテレビっ子でテレビが大好きだからです。でも近年はあまりテレビがみられていないし、自分も正直みなくなってきている。そこがすごく悔しかったというのもあります。
その時に、テレビというものを電波放送で捉えると応用が難しいかもしれないけれど、コンテンツ制作力や企画力、発信力などを含めた広義の意味で捉えれば、まだまだテレビの展開や可能性はたくさんあるだろうなとも思いました。
日本テレビのなかでも、これからのテレビは今の事業だけではいけない、何かあたらしいことをしないといけない、という危機感はもちろんありました。そこで何をするか、という部分を提案したいという思いは学生時代から持ち続けていました。
日テレ入社2年目で新規社内事業を起こし、5年目に代表取締役に。 ——その当時はまだ社内の一部署における新規事業という形ですが、現在のClaNとほぼ同じような事業内容だったのでしょうか。
大井: そうですね。いろいろなことをやってきてはいるんですが、実際には『自分たちでVTuberを作る』ということが1番最初のプロジェクトでしたね。タツノコプロの『ヤッターマン』のVTuberを作るというのが最初のプロジェクトでした。
ADからプロデューサー、セールスからプロモーションマーケティングみたいなものを、全部一通りその『ヤッターマンチャンネル』のキャラクター作りのなかでやれたというのは、すごく経験として大きいですね。
——社内事業からClaNを設立するターニングポイントのような出来事はあったのでしょうか。
大井: 1番最初の事業計画書から、法人化したいという話はずっとしていたんです。3年目からは退職して、事業を成長させて会社としてやりたいという計画ではありました。事業を提案して、いきなり会社を立てるというのは、経験も実績もなかったので、社内事業として大きくしていくということが最初のミッションでした。
ポイントはいくつかありますが、大きな分岐点は『V-Clan』というVTuberネットワークを作ったことです。ヤッターマンチャンネルはそんなに大ヒットではないけれど、そこそこ登録者数が伸び、100万再生以上の動画が出せたりという成果は出せました。しかしその一方で、1チャンネルの運営で得られる収益の限界もみえてきました。
じゃあVTuberを100人育てて運営するかといえば、これも大変です。でも、VTuber100人をネットワークでつなぐ、ということはできるなと思ったんです。その当時、2018年頃はVTuberを仕掛けている人は感覚的には100人前後という規模でした。ですからしばらく活動しているとかなりの割合の人と知りあうことができるんです。
その時に、皆さん動画を作ること、登録者数や再生回数を伸ばすことには長けているけれど、それをビジネスとしてスケールさせることは人員不足もあって、足りていないと感じました。そもそもVTuberのプランナーもマーケターもイベンターも、まだ世界のどこにも存在していなかった。
これはもしかしたら、日本テレビという企業が、あらたにVTuberネットワークを事業として始めることは、双方にニーズがあるのではないかと感じたんです。結果として、ビジネスとして売上も10倍以上になりました。ここが1番の転機ですね。
「テレビ×ネット」を筆頭に、いかにメディアミックスでコンテンツを出せるか、そのポテンシャルを持つClaN。 ——ClaNは日本テレビの企業内ベンチャーではなく、別会社という形になるのでしょうか。
大井 :いわゆる日本テレビのグループ会社という位置付けになります。ですがそのなかでも、極めて特殊な会社というか、ほかの日本テレビのグループ会社と比べると、非常に独立性が高いと思います。
これは日本テレビとしてもあたらしい挑戦で、今までのグループ会社とは異なる、『日テレ初のスタートアップ企業』というコンセプトのもとで作られた会社だからです。V-Clanを作って付随するイベントや企業タイアップなどで事業を拡大していき、2021年には『プロジェクトV』という地上波番組に枠を持つことになります。
なぜか僕はテレビから離れてVTuberの事業を始めたのに、自分でTV番組をやることになったわけです。まったくテレビの制作経験がないのに、いきなり立ち上げプロデューサーをやるようなものでした。これまた非常に大変でしたが楽しい経験でした。
そうしたなかで、急速に事業を拡大していくと、大きな問題が2つありました。それは人が足りないことと、資本が足りないこと。社内事業は、人を採用できないので、5人とかでやっていたわけです。お金の部分もやっぱり社内事業だと限られていて、日本テレビとはまったく事業の方向が違うので、そんなに大胆な投資ができない。
一方でVTuber市場は爆発的に伸びていて、ANYCOLOR株式会社さん、カバー株式会社さんを始めとして上場会社も出てきつつあった。ここで投資をしないというのはもったいない、という空気感ができてきました。日本テレビの経営陣も含めて話しあい、独立しようと。
そしてやるからには企業としての信頼性を保ちつつもスピード感を持って、人を増やして資本を投下していくべきだという話になり、それは既存のいわゆる大企業の子会社ではなく、日本テレビ発のスタートアップとしてやる方が良いだろう。
それをやるなら大井なんじゃないか、と話が進み、僕が代表をするということを含めて、こういう会社ができたという形です。
——現在の会社の規模、事業内容としてはどのような形になっているのでしょうか。
大井 :従業員は30人くらいです。部署が今4つありまして、1つが経営管理部、もう1つがいわゆる番組やイベント、音楽など自社コンテンツを作るコンテンツ事業部です。3つ目がセールス・マーケティング部で、これは事業としてはソリューション事業と呼んでいます。企業さんの課題解決を、VTuberやインフルエンサーを通じて行う部署ですね。最後がネットワーク事業部です。
うちは『YouTube MCN』という、チャンネルをネットワーキングする正式なシステムの使用権利をGoogleから公認されているので、それを使って『C+』というクリエイターネットワークを運営しています。
これはVTuberに限定していないんです。なぜVTuberに限定していないかというと、突き詰めれば『VTuberとは何か』という話になってしまうから。
特に今はその概念がすごく広がっていて、たとえばアニメ『ONEPIECE』のキャラクター『UTA』や歌い手のAdoさんはVTuberとどう違うのか。
一方でYouTubeで配信してない『VLiver』とは厳密にどう違うのかという話にもなります。そこは、僕は一緒というか、全部まとめてバーチャルタレント、バーチャルキャラクターだと思うんですね。
なので、いわゆる既存のVTuberという概念は僕のなかではそのなかの一部なんです。僕らはもっと大きい解釈のなかで、そういった幅広いクリエイターを支援したい。それを行うのがネットワーク事業になります。
全体のイメージとしては、才能の原石みたいな人が、世界的大スターになるまでの、その過程の周辺事業をすべてやること。それが僕のなかのゴールなんです。そうした才能の原石が、バーチャルという形で日本にとどまらず世界に出ていく。
そのためには、メディア露出も、クリエイターのサポートも必要ですし、ネットワーキングも必要です。もちろん企業さんとのコラボも、コンテンツ制作も必要になります。そうしたことをすべて行うための会社、という点で僕のなかでイメージは一貫しています。
才能の原石みたいな人が、世界的大スターになるまでの、その過程の周辺事業をすべてやること。それがゴール。 ——ClaNではメタバース番組・ライブ事業も行っていますが、今後のメタバースの可能性についてはどのようにお考えですか。
大井 :これは『メタバース』をどう定義するかがすべてなんです。その定義には諸説がありますし、異なる意見の方を否定はしませんが、個人としては、メタバースというのはHMDが必須ではなく、あくまでバーチャル空間におけるエンターテイメントやそれを活用したコンテンツの総称だと思っています。
どうしてもHMDありきだと、デバイスの普及がすべてになってしまう。一方でいわゆる仮想の空間内で、自分の分身を作り操作をする、そこでバーチャルタレントキャラクターを楽しむ、そうした物を広く含めてメタバースとすると、僕はエンタメという1つのジャンルのなかでもまだまだ広がっていくと思いますし、VTuberという存在もその1つだと思います。
——ClaNの事業においては、いわゆる『IP』というものが中心にあるとお考えでしょうか。
大井 :まあ一言でいえばIPビジネスですよね。IPって何もキャラクターだけを示していなくて、僕は番組とか、イベントもIPだと思うんです。たとえば夏フェスの『SUMMER SONIC』に誰が出ていても行くという人がいて、『世界の果てまでイッテQ!』という番組に誰が出ていてもみるという人もいます。
だから『コンテンツビジネス=IPビジネス』なのではないかと思いますし、僕らはキャラクターに限らず広い意味でのIPというものをたくさん生み出していって、それをビジネスとして成立させていくということをやる会社なのかなとも思います。
——ClaN、という会社の最も特徴的な部分、そして強みとはどこになるのでしょう。
大井 :これは常々いろいろなところで話しているのですけど『テレビ×ネット』が重要だと思っているんです。現在の状況としても、本質的に『TVer』はテレビなのかネットなのか、『Hulu』で配信されている『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』はどうなのか、と考えるともう境目がないですよね。
そこでたとえばアイドルグループの『NiziU』は、テレビとネットの掛け算の集大成、1番のお手本のような存在として成功しています。ですから、いかにメディアミックスでコンテンツを露出していくかが重要で、そのための今のマーケティング・プロモーションにはより複雑で、より複合的で、よりあらゆる知識がないとできないと思います。
だからClaNはテレビとネットの間にいるんです。それは人もカルチャーもそうですし、両方の良いところを組みあわせて、いかに良い物を作るか、そして多くの人に届けるかというところをやっていきたいですし、できる会社であると思っています。
そうした意味では『スタートアップと大企業』もまったく同じだと思っています。ClaNはややスタートアップ寄りかもしれないですが、そういう意味でもClaNは間に位置する会社でもあるかなと思うんです。
僕はスタートアップの人たちが大好きです。大企業には優秀な人たちも多くいますが、もったいないことにそのリソースを活用しきれてないとも思っています。
少し生意気な話をしてしまうと、ここ30年で時価総額ランキングの上位を占めていた日本企業がほとんどいなくなってしまいました。なぜかといえば、もちろんユニコーンが生まれてこなかったことはあるんですが、大企業でイノベーションが起きなかったということも大きいと感じています。
ただ、そのイノベーションが生まれなかった理由というのは、自分がやってきたからこそ、僕はすごくわかる気がしています。
日本テレビという誰もが知っている企業から、初のスタートアップとしてこういう事例が生まれたという、僕のキャリアもそうですし、『会社員か、スタートアップ経営者か』これも0か100かではないと思います。
その両方の良いとこ取りをして、あたらしいキャリアの形、会社の形、ビジネスの形というものの、モデルケースみたいなところができれば、それは意味があるんじゃないかな、とも個人的には思っています。
Profile ◉大井基行 Profile│慶應義塾大学卒。2017年に日本テレビ放送網株式会社に入社。2018年に社内ベンチャーとしてVTuber事業「V-Clan」を立ち上げ、責任者として事業運営を行うほか、「プロジェクトV」など多数の番組やイベントのプロデューサーも務める。2022年4月1日に日本テレビの新会社としてClaN Entertainmentを設立し、日本テレビグループ史上最年少で、代表取締役に就任。
◉株式会社ClaN Entertainment 2022年4月に日本テレビグループの新会社として設立された「人生を変える、エンターテイメントを」をスローガンにVTuberを始めとするインフルエンサーに特化したエンターテイメント企業。VTuverやメタバースなど、Web3.0と親和性の高いさまざまな手段を活用し、「テレビ×ネット」「バーチャル×リアル」など既存の枠組みにとらわれないあたらしいエンターテイメントを創造している。https://clan-entertainment.com/
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