AI and Turing test
佐々木俊尚氏にテクノロジーと社会の未来を訊ねる連載企画。
今回のテーマは生成AIとメタバースが生み出す新世界の可能性
——生成AIとメタバースが今後合流してあたらしい世界を生み出す可能性についてお聞きできればと思いますが、まずは生成AIの可能性について、どうようにお考えでしょうか?
佐々木俊尚(以下・佐々木):生成AIそのものがいったいどういう存在になっていくのかということをある程度ヴィジョンとして考えていかなくてはいけないと思います。
現状では生成AIを百科事典的に使うというような紹介をテレビのワイドショーなどでよくやっていますが、まだハルシネーションのような、いわゆるAIが誤った情報を集めてしまうということが解決しきれていないので、そういう点ではそこまで期待できないかと思います。
もちろん、技術的な進歩があればハルシネーションのような問題は解決するかもしれませんが、そちらよりもどちらかというと、雑用に活用するという方向性はひとつの可能性としてありえると思います。
たとえば、Microsoftが「Microsoft 365 Copilot」のような生成AIを発表・リリースしているように、エクセルの表を作るとかワードファイルからパワーポイントのプレゼン資料を生成するというような我々が現在やっている日々の雑用を生成AIにやらせるというという方向性ですね。
これは何を意味しているかというと人間のやる仕事がより高度になっていくということになると思います。人間のやる仕事が100あるとしたら雑用が占める部分というのは非常に大きいんです。
たとえば、僕のようなフリーランスで活動していると、請求書を起こしたり、その他諸々の雑用だったりが、3割程度を占めていると思うんです。その3割が生成AIの活用によって減っていくだろうということです。
ブルーカラーやホワイトカラーに限らずルーティーンワークがAIになっていく方向になる
——その3割を担っている人々の仕事がなくなる?
佐々木:そう思います。まさにその3割の雑用を仕事にしていた人たちの仕事がなくなるという問題がありますが、これが昨今のAIが仕事を奪うのかどうかという議論につながってくるわけです。
これは重要なことなので言及しておくと、現状の生成AIの発展段階を踏まえた上でいうと、ブルーカラーやホワイトカラーに限らず、定型的な仕事、いわゆるルーティーンワークみたいなものがAIになっていく方向になるのではないかと予想しています。
たとえば、ホワイトカラーでも資料を作成する、企画書を作成するといった作業はAIが行って、AIができないコミュニケーションの部分やクリエイティブな部分、また、原稿を書くにしても、とある製品の平均的な記事ではなく、みんなが思いつかないような斬新な視点で書かれているといった部分が人間の力として残っていく可能性があります。
そういう定型がない仕事が人間の行う仕事になっていくと思います。これは仕事が高度かどうかという次元の話ではなくて、ブルーカラーにしても不定型な仕事が人間の仕事として残っていくといわれています。
ホワイトカラーのなかでも定型的な雑用の仕事が減っていき、それらに従事していた人たちはブルーカラーの不定形な仕事に流れていく可能性があると思います。つまりは大工に代表される職人仕事ですね。
——そのほかのAIの可能性についてはいかがでしょうか?
佐々木:もうひとつの可能性として、現状の人と人とのコミュニケーションは人間の手に残るといわれていますが、これもAIがどこまで進化するのかわからないので、どの程度人間の手に残るのかというのは判断できないと思います。
たとえば、今後4人に1人が高齢者になるといわれている現代社会で、単身世帯の高齢者の話し相手としてAIを活用するというのが当然の方向性として期待できるとされています。
実際にAmazonなどがスマートスピーカーに生成AIを搭載したものを発売する方向でアナウンスしていますが、そうなるとスマートスピーカーとしゃべり続けるということができるようになるわけです。これが孤独な高齢者の話し相手になるという可能性が十分に起きてくると思います。
ただ、ここで相手がAIかどうかを認識するかどうかが難しいところではありますね。現実にChatGPTのスマートフォンアプリには音声機能がロールアウトしていてAIと音声でやりとりができるようになっていますが、これを利用すると人間と話しているような感覚になることもあります。
コンピューター黎明期に英国の数学者アラン・チューリングが、ある機械が「人間的」かどうかを判定するためのテスト、いわゆるチューリング・テストというものを考案しましたが、もはや現状でもAIはチューリング・テストはクリアしているといえます。
いずれはAIと普通に会話ができるようになれば相手が人間かどうかなんてあまり考えなくなるのではないでしょうか。
仮想空間ではあらゆるモノが擬人化され、
拡張されたSNSみたいな世界がやってくるのではないか
——今後は誰かの声をサンプリングして疑似的に会話するということも可能になる?
佐々木:そうですね、たとえば現状でも「AIひろゆき」というのがありますし、実際に「AIひろゆき」を製作した会社の社長さんとお話した際には5分程度の収録でその人のAIが生成可能とおっしゃっていましたので、現段階の技術でもそのぐらいのレベルまできています。
今後は動画でも同様のことが可能になるでしょうし、ハリウッドでは亡くなった俳優をAIで蘇らせるというようなビジネスもあり、アメリカのロックバンドのKISSなども今後はアバターでライブをやるというような話も出ています。
こうしたディープフェイクも含む生成AIの技術を突き詰めていくと本物そっくりを再現するということが十分現実的に可能になってきています。
ここでメタバースにつながっていくのですが、こうしたディープフェイク化したアバターがメタバースに出現するとどうなるのかということです。たとえば、鬼籍に入った親兄弟がメタバースでは存在しているというようなことも可能になるわけです。
それが3Dの存在としてメタバースにいて、現状ではまだ低いVRの解像度が人間の目の解像度といわれる8Kや16Kとなったときにはほぼほぼリアルと現実が区別つかなくなり、少なくともメタバースという仮想空間では人間とAIの区別はつかなくなるという可能性が高くなると思います。
IoTの文脈のなかではソーシャルマシーンという言葉もあって、家電製品が擬人化してAIとなってSNSにぶら下がっているという概念ですが、そういったことが当たり前になってくると、あらゆるモノが擬人化された世界がやってくるのではないかと。
そこにはリアルな人間や死んだ人間も存在し、架空のキャラクターやIoTにぶら下がっている人間ではない存在もいる拡張されたSNSみたいな世界がやってくるのではないかというイメージですね。
——あらゆるモノが擬人化された世界が来るのは遠い未来の話ではない?
佐々木:テキストや音声だけであれば今現在でも可能かと思います。ただ、メタバースとなるとVR機器の進化が必要不可欠なので、現状の機器では難しいのではないかと。
最終的に日常使いできる眼鏡ぐらいのサイズ感になれば実現可能かと思いますが、そうなるとVR技術だけでなくバッテリーの技術など細かな技術の進化も必要となります。
もうひとつ、擬人化されたAIの意味があって、コンピュータの入り口というのはマウスやキーボードから現在はタッチスクリーンへとなってきましたが、今後は入り口が生成AIに変わるといわれています。それはすなわち擬人化されたロボットやアバターが入り口になるのではないかと思うんです。
たとえば、現在あらゆるものの司令塔になっているスマートフォンは今はタッチスクリーンで操作していますが、これが今後は音声やジェスチャーで操作するようになるといわれています。そうなると、司令塔としては必ずしもスマートフォンである必要がなくなるわけで、ロボットでもいいわけです。
メタバースのなかで擬人化されたアバターなどに何かリクエストをする、そのアバターが色々なところに指示を出すというのが未来のイメージなんじゃないかなと思います。
Book Review
『この国を蝕む「神話」解体 市民目線・テクノロジー否定・テロリストの物語化・反権力』
「権力は常に悪」「庶民感覚は常に正しい」「弱者は守られるべき存在」「人工的なものは危険」「自然由来が最良」…日本の社会に居座り続けている古くさい価値観。先端テクノロジーの進化と逆行している“神話”を解体し、未来を思考する道標としての最新論考。
佐々木俊尚 (著) 徳間書店 (2023/9/28)
Profile
◉佐々木 俊尚(Toshinao Sasaki)
1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。毎日新聞記者、月刊アスキー編集部を経て、フリージャーナリストとして活躍。『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)など著書多数。
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