暗号資産の相続 最も大きなリスクは「みつからないこと」——西村啓インタビュー

2025/07/30 10:00 (2025/08/01 17:39 更新)PR
Iolite 編集部
文:Noriaki Yagi
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暗号資産の相続 最も大きなリスクは「みつからないこと」——西村啓インタビュー

デジタル資産の相続における最大のリスクとは?

──暗号資産との接点は?

西村啓(以下、西村):仕事としてではなく、完全にプライベートな興味からデジタルアセットに触れ始めました。最初に暗号資産を取引し始めたのは2017年頃だったと思います。当時は単純に取引所を使って自分で売買をしていただけだったのですが、開始してしばらくしたタイミングでコインチェック事件が起きました。

補償はされたものの、私自身も当事者として資産を一時的に失うという経験をしました。

その事件を機に、少し距離を置いていた時期もありましたが、2021年頃にNFTブームが訪れたことで再び関心が高まりました。たしかクリスティーズのオークションでBeepleというアーティストのNFTが75億円で落札されたというニュースが話題になった時期ですね。

この時、『これは単なる投機対象にとどまらず、アートやクリエイティブのあたらしい価値の在り方にもかかわる動きだな』と感じたのがきっかけでした。法律的な観点からも「これまでの法制度では捉えきれないあたらしい資産の形」が登場してきたという実感があり、仕事としての関心も強まっていきました。

──暗号資産等が資産運用の1つの選択肢として認められつつあるなかで、デジタルアセットの相続上のさまざま課題が浮き彫りとなっています。デジタル資産の相続における最大のリスクは何でしょうか?

西村:相続人が資産の存在自体に気付かず終わってしまうことですね。従来の資産(不動産や預貯金など)と違い、デジタル資産は目にみえない形で存在しています。本人しか知らないウォレットも多く、発見されずに相続されないケースが実は非常に多いのではないかと思います。

さらに、みつけたとしても「どのように処理をすれば良いかわからない」という問題が生じます。誤操作で資産を失ってしまうリスクもありますね。

もう1つ大きな問題は税務面です。デジタル資産は市場価値の変動が激しく、相続時に高額評価されて多額の相続税が課されるケースがあります。

しかし、秘密鍵やシードフレーズがわからず実際の資産にはアクセスできない。このギャップは非常に大きな問題です。

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デジタル資産の相続に対する備え

──暗号資産、NFT、電子マネー、クラウド上のデータなどデジタル上で価値が認められるものはいくつも存在します。そもそもデジタル資産は現在の日本の民法上、どのように位置付けられていますか?

西村:実ははっきりとした法的な定義や整理がなされているわけではありません。とはいえ、資産種類によって異なる前提ですが解釈がある程度確立されている点もあります。まず、日本の民法では所有権は『物』に対して認められるものです。データは『物』ではないため、所有権の対象にはなりません。また、債権でもない場合が多いです。たとえばビットコインは発行体が存在せず、特定の相手に何かを請求する権利(債権)があるとはいえません。

では何かというと、財産的価値を持つ『財産権』の一種と考えるのが1つの考え方です。ただし、抽象的な法的性質の議論によって問題が解決できるわけでもないため実務上は状況に応じた解釈が求められます。

一方、取引所に預けている暗号資産は取引所に対する債権として整理されるのが通常です。これは預金と同じように扱えるため、相続手続きも比較的スムーズに進められます。

問題はセルフカストディウォレットに直接保管されている資産ですね。これは誰の資産かの証明や特定が難しく、相続対応の難易度が一気にあがります。

──故人のデジタル資産の存在に気付かないまま埋もれてしまうリスクについて、どのように備えるべきでしょうか?

西村:生前に何らかの形で情報を共有しておくことが非常に重要です。しかし、この共有の仕方が非常に難しい。秘密鍵やシードフレーズは生前に知られたくない情報でもあるからです。

存在は家族に知らせつつ、死後にだけアクセスできる仕組みを作る必要があります。たとえば、隠し場所を伝えておく、マルチシグでカギを分散管理する、フレーズを物理的に分割して複数人に託すなど、いくつかの方法が考えられます。また、暗号資産の資産承継に対応したウォレット等のプロダクトもいくつか出ておりますので、そのようなサービスを利用するという手段もあります。この領域はまだ工夫や展開余地があり、個人的にも興味を持ってみております。

残された家族(相続人)としては、まずは専門家に相談するのが望ましいでしょう。デバイス(スマートフォン・PC)のアクセス権限を確保しつつ、適切な手順を踏む必要があります。

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監修:tou法律事務所

──故人が海外取引所やウォレットで資産を保有していた場合、相続手続きにどのような法的・実務的ハードルが生じますか?

西村:取引所経由で管理されている資産は比較的手続きが取りやすいです。相続人であることを証明すれば、銀行と同様の形で手続きが可能です。ただし、個人管理のウォレットにあるNFTや暗号資産は自力でアクセスできないと手出しができないため、生前の準備が極めて重要になります。

また、海外取引所の場合は追加の手続きが必要です。日本の戸籍だけでは通用せず、翻訳も求められることが多い。国や取引所によってルールが異なるため、柔軟かつ丁寧な対応が求められる領域です。

デジタルアセットを取り巻く法律とテクノロジーのギャップは解決できるもの

──暗号資産は価格の変動が激しいですが、評価額はどの時点で決まるのでしょうか?

西村:基本的には2段階です。法定相続分を修正する計算時点は原則として『相続発生日』時点の評価、実際に遺産分割する際は原則として『分割時』の評価です。暗号資産は数日で価格が大きく変動するため、なるべく最新の状態に近い評価で分割を進めるのが実務上も合理的です。

また、相続においてはデジタル資産の『特定』も重要な要素です。匿名性の高い取引やミキシングサービスを通じた資産移動は誰の資産か特定が極めて難しくなるケースがありますが、法的には『誰かのもの』であり宙に浮いているわけではありません。秘密鍵を管理し、ウォレットにアクセスできる者が所有者と評価されることが一般的ですが、ここは依然としてさまざまな課題が残りますね。

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──デジタルアセットを取り巻くギャップがある点もありますがどのようにみられていますか?

西村:1番の問題は強制執行の難しさです。従来の金融資産であれば、裁判所の判決により預金などを差し押さえることができました。しかし、暗号資産やステーブルコインなどのオンチェーン資産のうち取引所に預けられていないものに関しては差押えが事実上不可能です。つまり、法的義務を履行させるための『最後の手段』が機能しない。これは正当な手段で資産回収をしようとする場面で非常に大きな障害になります。

今後この問題をどう解決していくかは、法律面・技術面双方の課題になるでしょう。他方で、オンチェーンの世界では、スマートコントラクトの活用により自動執行の仕組みを構築し、既存金融にはない担保の設定が可能となっております。相続分野においても、特定事象の発生による自動分配の仕組み等が考えられます。

──今後の展望をお聞かせください。

西村:Web3.0の世界観は個人的にもすごく好きなので、日本からあたらしいプロジェクトがもっと生まれてほしいと願っています。そのサポートをする過程で、今後も一般社会とデジタル資産の接点もどんどん増えていくと考えています。

現状はまだそこまで多くありませんが、暗号資産関連事業者や暗号資産ユーザーの増加に伴い、相続・婚前契約といった実生活の法律問題に直面する場面がどんどん出てくるでしょう。今後は事業サイドのサポートのみならず、事業者やユーザーの実生活に寄り添った法律サービスも含めて提供していきたいと思っています。

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お問い合わせ先


Profile

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◉西村 啓(Akira Nishimura)

弁護士 大阪弁護士会所属

同志社大学法学部法律学科卒業、京都大学法科大学院修了。大阪市内の法律事務所に勤務後、tou法律事務所を創設。現在は大阪、京都、東京を主な活動エリアとして、Web3.0/AI等をはじめとするスタートアップ、不動産事業、クリエイティブ事業を中心にリーガルサポートを行うほか、複雑な紛争事案にも積極的に取り組む。スタートアップ支援士業団体であるBAMBOO INCUBATORに所属し、複数士業からなるデジタル遺産プラクティスグループを発足。


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