
このような状況でセキュリティ等のリスクを抱えた金融商品をゲンスラー氏が承認するわけがない。では、なぜ風向きがここ数ヵ月で大きく変わったのか。背景には立て続けに負けた訴訟がある。
まず今年7月、2020年末よりリップル社との間で係争してきた暗号資産XRPの有価証券問題を巡る裁判。判決では、機関投資家に販売された場合は「無登録の証券販売」、一方の暗号資産取引所等で売買を行う一般投資家に販売される場合は「有価証券には該当しない」とされた。
一見、両者の痛み分けのようにもみえるが、完全勝利を豪語してきたSECからすれば実質的な敗北を意味する結果だ。事実、業界内外ではリップル社の勝利という印象の方が根強い。
また、SECは先日、リップル社のブラッド・ガーリングハウスCEOやクリス・ラーセン創業者兼会長に対する提訴を取り下げた。かねてより専門家からも「SECの勝利は見込めない」といわれてきただけに、追求を断念せざるを得なくなった可能性がある。
そして決定打となったのは、暗号資産運用大手のグレースケール社が提供するビットコイン投資信託「GBTC」の現物ETF転換を巡る裁判で敗訴したことだ。裁判所は8月、「申請却下はSECの気まぐれであり恣意的だ」とし、もう1度グレースケールの申請を速やかに審査するよう命じた。
これがきっかけとなり、ビットコイン現物ETF承認の機運が高まった。実際には8月の時点でリスト登録されていたブラックロックのビットコイン現物ETFが、近日承認されるかもしれないと湧き立ったのもこの裁判の結果が背景にはあるだろう。
また、これらの判決が下されるにあたり、ゲンスラー氏に対する風当たりの強さが日に日に増していったことも忘れてはならない。
6月、ゲンスラー氏の解任を訴え共和党議員らが法案を提出した。ある共和党議員はゲンスラー氏を「米国の資本市場にはあわない横暴な議長」と強烈にこき下ろしている。民主党政権で選出したにも関わらず、一部の民主党議員からも不満が噴出するなど、ゲンスラー氏は政界からも信用を失いつつある。
ビットコイン現物ETFを巡っては、SECコミッショナーで“クリプトママ”の愛称でも知られる暗号資産擁護派のへスター・ピアース氏にも「なぜ承認しないのか我々にもわからない」と突き放された。つまり、ゲンスラー氏を取り巻く環境は四面楚歌なのだ。
現在のゲンスラー氏は、司法、政治、そして味方からも冷ややかな視線を送られるなど“包囲網”が敷かれた状態だ。突如として暗号資産に対し力任せな掌返を試みた結果、SECという強大な権威をも揺るがすこととなった。この状況はビットコイン現物ETFの承認を後押しする追い風になるとも考えられる。
もちろんSECが現在抱える審査のすべてにゲンスラー氏の意向が反映されるわけではないが、もしこの状況でビットコイン現物ETFの申請を却下すれば、これまでにない強烈なバッシングが待ち構えているだけでなく、より緻密かつ正確な説明が求められる。今のゲンスラー氏はまさに防戦一方。どんなに強い口調で言葉を発したとしても虎の威を借る狐でしかない。